ゲーリー・グローバー
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デトロイト・タイガース時代 | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | オハイオ州クリーブランド |
| 生年月日 | 1976年12月3日(48歳) |
| 身長 体重 |
6' 5" =約195.6 cm 225 lb =約102.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1994年 ドラフト15巡目 |
| 初出場 |
MLB / 1999年9月30日 NPB / 2006年4月2日 KBO / 2009年6月26日 |
| 最終出場 |
MLB / 2008年9月29日 NPB / 2006年10月14日 KBO / 2011年10月1日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジョン・ゲーリー・グローバー(John Gary Glover、1976年12月3日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランド出身のプロ野球選手(投手)。
デランド高からトロント・ブルージェイズに入団。シカゴ・ホワイトソックス、アナハイム・エンゼルス、ミルウォーキー・ブルワーズでメジャー通算21勝を記録した。
2005年11月24日、読売ジャイアンツに入団。2006年は先発投手として期待され、前半戦は不本意な成績に低迷しファーム落ちも味わったものの、後半戦では2メートルの長身と多彩な変化球を武器に安定した投球を見せ、先発ローテーションの一角に食い込んだ。しかし、決め球に欠き中継ぎで適性を見せられなかったこともあり、チーム事情から同年オフの11月30日に自由契約。後半戦での人の変わった様な好投から、この自由契約に驚くファンも多かった。
2006年は、開幕から1ヶ月が経過したあたりまでは、先発6人制で中6日登板だったため、毎週日曜日に登板して、不安定な投球ながら打線(主に小久保裕紀が良く打っていた)の援護に恵まれ勝ち星を挙げていたことから「サンデーグローバー」とも呼ばれていた。しかし上原浩治、高橋尚成などのエース格の先発投手が故障離脱してローテが崩れ、登板する曜日がずれた途端に打線の援護がなくなり、その後は黒星を積み重ねるようになってしまった。
2006年12月21日、ジェイソン・グラボースキー(元オリックス)と共にタンパベイ・デビルレイズとマイナー契約を結んだ。その後メジャーに昇格し、主に中継ぎで登板した。
その後デトロイト・タイガースなどを経て、2009年はマーリンズなどのAAA級マイナーリーグでプレーしていたが、クリストファー・ニコースキーの代役として6月21日に韓国プロ野球・SKワイバーンズと契約した。背番号は「59」。SKでは先発として起用されシーズン後半だけで9勝をあげ、特に終盤戦で7連勝と絶好調だった。
2010年もSKでプレーし、故障もあり6勝どまりだったものの、2011年もSKと再契約した。
2011年は7勝だったものの、故障で韓国シリーズなどポストシーズンで登板できなかったこともあり、この年限りで退団となった。
2012年1月、マイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだが、開幕ロースター入りできずマーリンズ傘下のAAA級マイナーリーグでプレーした。