コスタリカ国立交響楽団
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沿革
1940年に、主要な文化人、政治的パトロンやウーゴ・マリアーニらの音楽家の尽力により設立された。設立当初は財政的困難に直面したが、1942年、ラファエル・アンヘル・カルデロン・グアルディア大統領による月次補助金の供与とともに、国立交響楽団としての地位と安定を確立した。黎明期は、創立に貢献したウルグアイ人のウーゴ・マリアーニ 、エドワード・フェンドラー (ドイツ)、ジョセフ・ワグナー (アメリカ)、リカルド・デル・カルメン (グアテマラ) 、カルロス・エンリケ・バルガス (コスタリカ)といった、多様な国籍の指揮者が指導にあたり、楽団の基礎を築いた。
1970年にホセ・フィゲレス大統領の第三次政権下で文化青少年省が設立され、1972年にジェラルド・ブラウン音楽監督のもと、大規模なオーケストラの改革と再編成が行われた[3]。ユース・プログラムにも力を入れ、現在では団員の9割近くがユース出身のコスタリカ人で構成されるようになった[4][5]。1987年から首席指揮者を務めたアーウィン・ホフマンの時代に、楽団の芸術性は向上し国際的な地位を得る[3]。
2004年から2010年まで日本人の小松長生が首席指揮者を務め[6]、2005年には日本・コスタリカ国交70周年記念来日公演を行っている[4][7][8]。2014年からカール・セントクレアが首席指揮者に就任。2017年にはラテン・グラミー賞において、コスタリカ自国の作曲家の作品集「Música de Compositores Costarricenses Volumen 2」が最優秀クラシックアルバム賞を受賞した[3]。2025年からは、アンドレス・サラドが首席指揮者を務める[9]。これまでに、アジア、ヨーロッパ、北アメリカ、中央アメリカ、カリブ海諸国への国際ツアーを実施している[3]。
歴代首席指揮者等
- ウーゴ・マリアーニ (1940年-1948年)
- エドワード・フェンドラー (1948年-1949年)
- ジョセフ・ワグナー (1950年-1954年)[10]
- ウーゴ・マリアーニ (1955年-1966年)
- リカルド・デル・カルメン (1966年-1967年)
- カルロス・エンリケ・バルガス (1968年-1970年)[11]
- ジェラルド・ブラウン (1970年-1980年)
- アグスティン・クレル (1982年-1984年)
- イルデフォンソ・セディージョ (1984年-1985年)
- エルバート・レヒトマン (1985年-1987年)
- アーウィン・ホフマン (1987年-2000年)
- 小松長生 (2004年-2010年)
- カール・セントクレア (2014年-2023年)
- アンドレス・サラド (2025年- )[9]
