コゼリスク公国 From Wikipedia, the free encyclopedia C KO N V K R P T B NO RY KI S PE ST・チェルニゴフとその分領公国C:チェルニゴフ公国 KO:コゼリスク公国 N:ノヴゴロド・セヴェルスキー公国V:フシチイシュ公国K:クルスク公国 R:ルィリスク公国P:プチヴリ公国 T:トルブチェフスク公国B:ブリャンスク公国 NO:ノヴォシリ公国・周辺の主な公国KI:キエフ公国 PE:ペレヤスラヴリ公国RY:リャザン公国 S:スモレンスク公国 ST:スタロドゥーブ公国 (スタロドゥーブ)ポイントは公国の首都の位置のみを示す。(公国はモンゴルのルーシ侵攻以前のみ)国境線は2014年現在。 コゼリスク公国(コゼリスクこうこく、ロシア語: Козельское княжество)は、12 - 13世紀にコゼリスクを首都として成立した、ルーシの諸公国のうちの一つである。オカ川上流公国群に含まれる。 コゼリスク公国は、成立当初はチェルニゴフ公国に属する分領公国であり、1246年まではカラチェフ公国の一部であった。1381年にリトアニア大公国に従属した。1408年、モスクワ大公国のヴァシーリー1世はコゼリスクを手中に収めると、セルプホフ公ウラジーミル(ru)に、ヴォロコラムスク、ルジェフの代わりにコゼリスクを与えた。1445年頃、リトアニア大公国は再びコゼリスクを奪回し、その所領に加えた。1448年にはリトアニア大公(兼ポーランド王)カジミエラスによってナメストニクが置かれている。最終的にはロシア領となった。歴代コゼリスク公のうちの1人であるティート(ru)の子孫であるイヴァンを、ゴルチャコフ家(ru)の祖とする説がある。 参考文献 Пресняков А. Е. Княжое право в Древней Руси. Лекции по русской истории - М.:Наука, 1993. История родов русского дворянства: В 2 кн. / авт.-сост. П. Н. Петров. — М.: Современник; Лексика, 1991. — Т. 1. — С. 50-51. 関連項目 コゼリスク公 Related Articles