コトパクシ (1862年のチャーチの絵画)
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| 英語: Cotopaxi | |
| 作者 | フレデリック・エドウィン・チャーチ |
|---|---|
| 製作年 | 1862年 |
| カタログ | 76.89 |
| 種類 | キャンバス、油彩 |
| 寸法 | 121.9 cm × 215.9 cm (48.0 in × 85.0 in) |
| 所蔵 | デトロイト美術館、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト |
| ウェブサイト | デトロイト美術館 |
『コトパクシ』(英語: Cotopaxi)とは、ハドソン・リバー派のアメリカ人画家フレデリック・エドウィン・チャーチが1862年に制作した油彩画である[1]。南米のアンデス山脈にある最も標高の高い活火山のひとつであるコトパクシ山をモチーフに描画したもので、噴煙が広大な風景を侵食する様子を鮮やかに描いている[1]。チャーチは複数回の南米行で同名の作品を複数制作しているが、本作品で描かれた風景は実在のものではなく、異なる場所の景色を組み合わせた創作風景であると考えられている[1]。1976年にデトロイト美術館が購入し、同館所蔵となった[1]。
トマス・コールに師事し、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーに心酔したチャーチはロマン主義を信奉し、代表作である『ナイアガラ』を筆頭に写実的で迫力のある作品を数多く手がけた[2]。チャーチはドイツの博物学者アレクサンダー・フォン・フンボルトの影響を受けて作品のモチーフを求めて複数の科学者たちに同行して1853年と1857年に南米大陸へと赴き、アンデス山脈を始めとした風景画を多数制作した[2][3]。当時の科学研究において主要な研究対象のひとつのなっていたコトパクシ山に魅了されたチャーチは同火山を主題とした複数の作品を残している[1]。
作品
本作品は、当時チャーチルが理解した範疇における地質学的な根拠をもとに制作したとみられ、実際のコトパクシ山の風景というよりも多分に創造的要素を含んだ作品へと昇華している[1]。コトパクシ山は地球が呼吸するかのごとく炎を吐き出し、活発な火山活動を行っている[4]。コトパクシ山から降り注ぐ噴煙は雄大な湖に降り注ぎ、滝となってさらに大きな水域へと流れ込む様子が描写されている[1]。そこから十分な時間と圧力が加わって堆積岩へと変化し、険しい崖を形成する様子が手前側に描写されている[1]。
『ニューヨーク・タイムズ』紙は1863年3月17日の紙面でこの作品について特集し、作品について下記のように解説した上で、描かれた風景のスケールの大きさや、詩的な真実性を表現した作品が有するメッセージ性について賞賛し、『コトパクシ』をチャーチの画業のなかで最高の地位にふさわしいと評した[4]。
大気は火山性の蒸気で満ちているが、情景の広がりがあまりにも広大であるため、これらの蒸気がどこでも目を圧迫するような濃密さや不気味な塊となって現れることはない。それらは光により変容し、染め上げられ、千差万別で移ろいやすい繊細な色調へと輝いている。手前には、水と植物の驚くべきみずみずしさがあり、それが、遠景に広がる特有の、そして全体を覆うかすみを損なうことなく和らげ、風によって火山の蒸気が運び去られている遥か彼方の空の、純粋で光に満ちた様子を繰り返している。—『ニューヨーク・タイムズ』,1863/03/17 「Church's Cotopaxi.」[4]
『コトパクシ』は、フィランソロピーのジェームズ・レノックスの依頼により制作され、1863年にニューヨークで初めて展示された[5]。この作品は大いに絶賛され、当時アメリカ南部で激化しつつあった南北戦争を象徴した作品であると考える人も現れた[1]。チャーチ自身にそのような意図があったかどうかについては判然としていないが、一部美術史家や観覧者からは当時の世情を表す作品であったとみなされている[6][7]。