コナミプロ野球選手肖像権裁判
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1999年に日本野球機構とコナミの間でプロ野球選手と球団名の独占使用契約が結ばれた。これにより2000年4月から2002年3月までの間は、コナミ以外のメーカーはサブライセンスを行わなければ選手と球団の実名を使用した野球ゲームを販売できなくなった。このことに対し日本プロ野球選手会は、プロ野球選手の肖像権は個々の選手に帰属し、球団側が選手の肖像権を有すると挙げている契約書は球団側が支持するテレビ番組や宣伝を規定しているだけで、選手側の承諾なしに商業利用できる根拠にはならないと主張。日本プロ野球選手会からは日本野球機構に対して話し合いでの解決とライセンス体制についての提案を行ってきたが、日本野球機構からは具体的な回答は無かったために、日本野球機構は肖像権が選手に帰属すること自体を受け入れないと言う見解になる。これらのことから2002年8月26日に日本プロ野球選手会は、コナミと日本野球機構を相手取り、肖像権の侵害で東京地方裁判所に提訴したことを発表。この裁判では2000年12月20日以降に発売された選手の氏名と肖像が使用されたゲームソフトの販売差止めと、コナミと日本野球機構は第三者に使用許諾を行う権限がないことの確認を請求[1]。
野球協約に基づき球団と選手が結ぶ統一契約書では、選手の肖像権は球団に所属するということが定められている。選手の肖像を載せたカードやゲームやグッズなどは、球団が製作者側に使用許可を出して、肖像権使用料は球団を通じて選手に分配されるようになっている。日本プロ野球選手会は、この仕組みが選手個人に属する肖像権を一方的に奪うものであり不当と主張。アメリカでは選手会が肖像権も管理しているということも挙げて商業目的には球団には使用許諾権限が無いと裁判を起こしていた[2]。
2010年6月15日に最高裁判所で選手側の上告を退ける決定がされたことから、許諾権限は球団側にあるということが確定した。最高裁判所では具体的な判断には踏み込まず、法律上の上告や上告受理の申し立てが無いとだけ述べられていた。判決では、日本のプロ野球では1951年にアメリカ大リーグを参考に選手と球団の間の統一契約書を作成して、球団が支持した写真撮影などに関する肖像権は球団に属し、球団が宣伝目的での使用ならばいかなる方法で使用しても異議を申し立てないとの規定があった。判決では球団やプロ野球の知名度向上につながる行為で宣伝行為であるとされ球団の許諾権が認められた[3]。
この裁判の一審である東京地方裁判所では、交渉窓口を一本化することはメーカーなどにとっては便利なことで、結果的に選手の指名や肖像を使用することの促進を図ることができるとして選手側の請求を棄却していた。二審も同じく選手側の控訴を棄却していた。三審である最高裁判所では選手側の上告を退ける決定をした[2]。
この裁判の判決からも日本プロ野球選手会は、選手個人が自らの肖像権を管理することは常識でアメリカでも韓国でも選手側が管理していることから、選手会としてこのような方向性に向けて日本野球機構と協議を行っていきたいとする。その上で選手の肖像権が利用された物品が世の中に広まることで皆様に楽しんでいただくことを望む。選手会としては球団と選手がそれぞれの権利をそれぞれがライセンスして、その上で協力していく体制を目指していくこととする[4]。
脚注
- ↑ “日本プロ野球選手会、コナミと日本野球機構を肖像権侵害で提訴 ~コナミゲームの販売差し止めなどを請求”. game.watch.impress.co.jp. 2025年9月6日閲覧。
- 1 2 Inc, Nikkei (2010年6月16日). “プロ野球選手の肖像権、最高裁も球団管理認める”. 日本経済新聞. 2025年9月6日閲覧。
- ↑ “asahi.com(朝日新聞社):プロ野球選手の肖像権訴訟、選手側が敗訴 最高裁 - スポーツ”. www.asahi.com. 2025年9月6日閲覧。
- ↑ “肖像権問題 - 日本プロ野球選手会” (2021年11月11日). 2025年9月6日閲覧。