コブザール (詩集)
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| 詩集 | |
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『コブザール』初版(1840年)の表紙 | |
| 著者 | タラス・シェフチェンコ |
| 原題 | Кобзар |
| 国 | ロシア帝国 |
| 言語 | ウクライナ語 |
| ジャンル | 詩 |
| 出版社 | Е. Ф. フィッシャー |
| 出版日 | 1840年 |
| ページ数 | 114–115ページ(初版) |
コブザール(ウクライナ語: Кобзар、コブザール、意:「吟遊詩人」)は、ウクライナの詩人であり画家のタラス・シェフチェンコによる詩集である[1]。1840年にロシア帝国のサンクトペテルブルクで初版が出版され、シェフチェンコの代表作としてウクライナ文学の金字塔とされる。「コブザール」は、ウクライナの伝統的な吟遊詩人を指す言葉で、シェフチェンコ自身もこの詩集により「コブザール」の愛称で呼ばれるようになった[2]。本作はウクライナの国民的・文学的復興の象徴として、文化的アイデンティティを体現する[2]。
『コブザール』は、シェフチェンコの詩を集めた作品で、初版(1840年)には8つの詩が収録された[3]。以降、シェフチェンコの生前(1861年没)に1844年、1860年の版が刊行され、詩の数や内容が拡充された。ロシア帝国の厳しい検閲下で出版されたため、一部の詩は国外(プラハやドイツ)で刊行された[2]。特に1860年版は、ウクライナの慈善家プラトン・シィミレンコの資金援助により、17の詩を収録する充実した版となった[4]。
本作は、ウクライナの農民の苦しみ、歴史、自由への希求をテーマとし、ロマン主義とリアリズムを融合した詩で知られる。シェフチェンコの詩はウクライナ語の文学的地位を高め、国民意識の覚醒に寄与した[2]。
収録詩(初版)
初版(1840年)に収録された8つの詩は以下の通り[3]:
- 「わが思いよ、わが思いよ、汝らはわが破滅なり」(Думи мої, думи мої, лихо мені з вами)
- 「ペレベンジャ」(Перебендя)
- 「カテリーナ」(Катерина)
- 「ポプラ」(Тополя)
- 「想い」(Думка)
- 「なぜ私は黒い眉を持たねばならぬのか」(Нащо мені чорні брови)
- 「オシノヴヤネンコへ」(До Основ'яненка)
- 「イヴァン・ピドコーヴァ」(Іван Підкова)
- 「タラスの夜」(Тарасова ніч)
これらの詩は、ウクライナの民衆の生活や歴史的英雄を歌い、6篇が特定の人物やテーマに献呈された[3]。
出版の歴史
初版(1840年)

初版はサンクトペテルブルクのЕ. Ф. フィッシャー印刷所で1000部刊行されたが、検閲により115ページ版の大部分が破棄され、114ページ版が主に残った[3]。現存する115ページ版は稀で、サンクトペテルブルクに1部が保管されている。冒頭にはヴァシーリ・シュテルンベルクによるエッチング(盲目の吟遊詩人と少年)が掲載され、詩集の象徴性を高めた[3]。
第二版(1844年)
1844年、『チヒリンのコブザールとハイダマキ』として再版され、詩「ハイダマキ (詩)」が追加された[2]。しかし、1847年のシェフチェンコ逮捕後、『コブザール』はロシア帝国で禁止・没収され、稀少な書籍となった[4]。
第三版(1860年)
1860年、プラトン・シィミレンコの資金で出版され、17の詩を収録。検閲により「夢」「カフカス」などの詩は収録できなかった[4]。シェフチェンコの肖像画が冒頭に掲載された。
国外での出版
ロシア帝国の検閲を回避するため、1859年にライプツィヒで詩人の友人らにより一部の詩が出版された。また、1860年にはロシア語訳版がサンクトペテルブルクで刊行された[4]。
