コルテス・ザ・キラー
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「コルテス・ザ・キラー」(Cortez the Killer)は、ニール・ヤングとクレイジー・ホースの1975年のアルバム『ズマ』に収録されている楽曲。エルナン・コルテスによるアステカ帝国征服を題材にして書かれた[2]。
| 「コルテス・ザ・キラー」 | |||||||||||||
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| ニール・ヤングとクレイジー・ホースの楽曲 | |||||||||||||
| 初出アルバム『ズマ』 | |||||||||||||
| リリース | 1975年11月10日[1] | ||||||||||||
| 録音 |
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| ジャンル | ロック | ||||||||||||
| 時間 | 7分29秒 | ||||||||||||
| レーベル | リプリーズ・レコード | ||||||||||||
| 作詞・作曲 | ニール・ヤング | ||||||||||||
| プロデュース | ニール・ヤング デヴィッド・ブリッグス | ||||||||||||
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概要
ニール・ヤングは「ウィニペグのケルヴィン高校に在学中、歴史を習った時に歌詞を書いた」とコンサートで述べている[3][4]。また、伝記やインタビューにおいて「想像と知識が混ざり合ったもの」「数冊本を読んだだけで書いた。思い付いたことをそのまま書いた部分が多い」と明かしてている[5]。
歌詞は歴史的な正確さやリアリズムを重視しておらず、突然、関係のない個人的な視点の記述が登場する。「僕は知っている。彼女がそこに住んでいることを。/今日に至るまで僕を愛していることを。/いつ、どうやって道に迷ったのか今でも思い出せない」。ヤングはアルバム『ズマ』のレコーディングをしていた頃、5年に及ぶ女優のキャリー・スノッドグレスとの関係を終わらせていた[2]。
レコーディングは1975年5月22日にカリフォルニア州ポイント・デュムで行われた。ヤングはドロップD・チューニングのギターでリードを弾いた。曲はヤングが「コルテス。コルテス。殺人者め」と歌ったあとほどなくしてフェードアウトする。これは電気回路の故障によりスタジオのミキシングコンソールが停電したためとされる。そのため、残りのインストゥルメンタル部分と最後のヴァースが失われた。プロデューサーのデヴィッド・ブリッグスがバンドにそのことを伝えた時、ヤングは「どうせあのヴァースは好きじゃなかったよ」とあっさり答えたという[2]。
1975年11月10日に発売された『ズマ』に収録された[1]。
コンピレーション・アルバム『ディケイド 輝ける10年』のライナーノーツによれば、フランコ政権下のスペインにおいて放送禁止されたという。フランシスコ・フランコは発売から10日後の11月20日に死去した。フランコの死後スペインでアルバムが発売された際、曲のタイトルは「コルテス、コルテス」と表記された[6][7]。