ニカラグア民主軍(FDN)の兵士(1987年)
コントラとは三派に分かれて活動した反ニカラグア民兵を当時のニカラグア政府が総称したものであり、最初に生まれて最も規模が大きく戦争の主体となったのは、非公式にホンジュラスを基地にして西部から越境攻撃を仕掛けてきた、旧ソモサ軍を主体とした純然たる傭兵部隊のニカラグア民主軍(FDN)であり、数百人の兵力から始まったのが米国の援助などを受けて最大時には15,000人の兵力に達し、パナマ国軍やアルゼンチン陸軍、イスラエル国防軍などに訓練され、ホンジュラス軍や駐ホンジュラスアメリカ陸軍、アメリカ空軍の支援を受けていた。
二番目に生まれた組織は、ソモサ時代にマナグアの国家宮殿占領事件を指導した、「ゼロ司令官(コマンダンテ・セロ)」こと、元FSLN司令官エデン・パストラが率い、非公式にコスタリカを基地にして南部から攻撃を仕掛けた民主革命同盟(ARDE)で、兵力は2000人 - 3000人だった。
三番目に生まれた組織は、FSLNのスペイン語教育などの同化政策や、強制移住政策に反抗して立ち上がった、カリブ海岸の先住民ミスキート、スモ、ラマを主体としたMISURASATAだったが、これはサンディニスタ政権が1984年にミスキート族に自治権を認めると1985年5月に和解が成立し、停戦した。