反革命
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支配階級の既得権益を守るための抵抗と言えるが、支配階級といっても政権を握った革命勢力はすでに支配階級であるから、自由主義革命であったフランス革命においてもフランス国内外で反革命の動きが生じた。
1917年のロシア革命では最初の二月革命で権力を掌握した臨時政府は、帝政復帰を企むコルニーロフの反乱を「反革命」として抑え込んだ[10]。臨時政府はまもなく二段階革命論に基づいて行われたボリシェヴィキの十月革命により権力を奪われるがその際、アレクサンドル・ケレンスキーら臨時政府の面々はボリシェヴィキを「反革命」と呼んで批判していた。これに対し、ボリシェヴィキはロシア内戦において対立する白軍を「反革命」と規定していた。
社会主義国家が成立した以降は、反革命は社会主義革命を転覆させる運動と取られがちであるが、ハンガリー動乱においてはソ連が「反革命」と見なした動きに対して軍事介入を行うも、当のソ連が同じ左派陣営である日本社会党や日本共産党から「反革命」と批判されるなど、おおよそ矛盾する現象も発生した。
このように何を以って「反革命」と定義するかは一枚岩ではなく、その定義は時代や場所によって異なると言えるので注意が必要である。