コンドロヴォ
From Wikipedia, the free encyclopedia
もとはコンディレヴォ(Кондырево)と呼ばれたコンドロヴォは、モスクワ大公国の貴族(ヴォイェヴォダ)ドミトリー・コンディリョフに対し、1500年から1501年の第二次モスクワ・リトアニア戦争で従軍した功績により世襲領(ヴォーチナ、во́тчина)として認められた。
1790年、この村に製紙工場ができ、19世紀の終わりごろには高品質の紙を作る工場として知られていた。コンディレヴォという地名は、1840年代までの間に次第にコンドロヴォへと変化している。1938年にコンドロヴォは市の地位を得た。
第二次世界大戦の独ソ戦(大祖国戦争)では、1941年10月9日にドイツ国防軍により占領されたが、モスクワ付近から前線を西へ押し返した赤軍西部戦線の反攻(ルジェフ・ヴャジマ攻勢)により1942年1月19日に解放された。