コーイェダー・酒井ゆかり
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教育と研鑽
福島県いわき市平出身。福島県立磐城女子高等学校(現:福島県立磐城桜が丘高等学校)を経て、国立音楽大学ピアノ科を卒業。同大学大学院音楽研究科ピアノ専攻を修了し、修士号を取得した。日本国内では、石川清、石川瑛子、長峰和子、岩島不二枝の各氏に師事。また、日本人として初めてジュネーブ国際音楽コンクールで入賞したピアニスト、田中希代子の指導を受けた。
1988年よりドイツへ渡り、ミュンヘンにてゲルハルト・オピッツのもとで6年間にわたり研鑽を積む。その後、オーストリアへ移り、ウィーン国立音楽大学(MDW)にてハインツ・メディモレックに師事。1997年には、ミヒャエル・フルビー教授のもとで修士号の認証(Nostrifizierung)を完了した。また、ハンス・グラーフ、コンラート・ハンセン、アンジェイ・ヤシンスキといった名教授たちのマスタークラスにも参加している。
演奏活動
1991年、ミュンヘンのガスタイク(Gasteig)におけるデビューを皮切りに、ヨーロッパ各地および日本国内でソロ、室内楽の両面で演奏活動を展開。1995年より活動の拠点をウィーンに移した。日本国内では、東京文化会館でのリサイタル開催や、指揮者の小林研一郎との共演、NHKにおけるピアノ録音などの実績を持つ[1]。
教育活動
2010年9月より、ウィーンの私立音楽院であるプライナー音楽院(Prayner Konservatorium für Musik und Dramatische Kunst、2020年閉鎖)にてピアノ科教授に就任。世界各国からの留学生を指導し、国際的な音楽教育に長年携わった。
社会貢献活動
2011年の東日本大震災を受け、故郷である福島県の復興支援を目的とした「絆音楽プロジェクト・ウィーン(Kizuna Musikprojekt Wien)」を設立。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の奏者やウィーン国立歌劇場の歌手らと共に、ウィーンや日本国内でのチャリティー公演を継続的に開催している。2019年には「日本オーストリア修好150周年」の記念事業として、在オーストリア日本国大使館の後援(広報支援)のもと、エーバルザール(Ehrbar Saal)にて「KIZUNA Gala-Konzert」を開催した[2][3]。音楽を通じた国際交流に尽力するとともに、福島の青少年音楽家をウィーンへ招聘する教育交流事業も継続している[4]。