コージー大内
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1967年、大分県日田市生まれ。10代の頃、ボブ・ディランやビートルズにあこがれてギターを始める[2]。21歳のとき故郷の友人を頼って東京で移住。ライトニン・ホプキンズの音楽に出会い、ブルースを志す[4]。
26歳のとき、阿佐ヶ谷のブルース・バー、ギャングスターで初ライヴを行なう。以後「ライトニン大内」の名前で東京を中心に活動を続けた。30代になってから、自らのルーツである日田弁でブルースを歌うようになった[5]。
2008年、名前を「コージー大内」と改め、41歳にしてアルバム『角打ブルース』でCDデビューを果たす。日田弁を前面に押し出し、ギャンブル好きの父親や青春時代の初恋の物語など、彼の生まれ故郷での生活感に溢れる歌を紡ぎ出すコージーの歌をレコーディングを担当した吾妻光良は「弁ブルース」と命名[3]。たちまち日本のブルース・ファンの心をつかんだ[1]。メディアにも取り上げられ、日本各地へツアーをするようになった[4]。
2021年には、映像作家の佐藤博昭の手によってドキュメンタリー映画「ブルースんどれい」が完成。2016年から2021年までのコージーの東京でのライヴを始め、故郷での凱旋コンサートなどの様子が捉えられている[1]。
2024年、スタジオ・レコーディングのアルバムとしては12年ぶりとなる『夜明のステーション』をリリースした。