コーストウェイズ
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1988年10月に[1]、日新汽船の子会社「株式会社東京ブルーラインクルーズ」として設立。1989年の横浜博覧会開催に合わせ「ベイ・ブリッジ」「ベイ・フロンティア」2隻で東京港(日の出桟橋)~横浜港(桜木町博覧会桟橋)航路で就航[2]、その後8月からは3番船「ベイ・ドリーム」を加え船橋(TOKYO-BAYららぽーと桟橋)への航路も運航した[3]。就航当時は1階席と2階席の乗船料が異なっており2階の運賃を高額としていた。客室乗務員は当時ららぽーとにあったそごうからの派遣であった。また博覧会終了後には幕張メッセでの東京モーターショーに合わせ船橋~横浜間で運航[2]。
1990年1月14日から船橋~横浜直行・東京寄港の2ルートで本格運航を開始[4]。同年には日新汽船がシーコムに社名変更し、シーコムクルーズ株式会社として分社化される。6月には4隻目の社船「シーコム1」が完成し、稲取港を拠点に伊豆半島沿岸でのクルーズを開始した[5][6]。
1993年、横浜・八景島シーパラダイス開業に伴い、株式会社横浜八景島と定期傭船契約を締結し、シーコム1とベイフロンティアの2隻が横浜~八景島間の定期航路「パラダイスライン」に就航、両船の定係港を八景島に移す。これにより定期航路はベイブリッヂ、ベイドリームによる従来の東京・船橋方面航路と、ベイフロンティア、シーコム1による横浜~八景島方面航路(パラダイスライン)の2つとなる。
1997年、親会社のシーコム株式会社が倒産したことにより、社名を「コーストウェイズ株式会社」に改称して独立する。
1998年、東京湾アクアラインの完成によって、東京・船橋方面航路で海ほたる洋上見学コースを設定[7]。この年、横浜沖でベイドリームの火災事故が発生し、事故後船名をベイストリームに変更する。
1999年、ベイフロンティア売船。パラダイスラインには代船としてベイブリッヂが投入され、東京・船橋方面航路はベイストリームのみとなる。また7月からは横浜中華街、ららぽーとと提携して、同航路において船橋~横浜(大さん橋)間を「チャイナタウンエクスプレス」と称し、車で来た乗客には、ららぽーと駐車料金のサービス、横浜までの航海中は船内にて烏龍茶の無料サービスと、中華街に関連した景品が当たる抽選会が催された[8]。また、当時横須賀に係留されていたメガフロートに、ベイストリームが着桟試験を実施した。
2000年、4月に船橋から横浜大さん橋・みなとみらいを経由し八景島まで結ぶ「海ほたるパラダイスライン」を開設したが[9]、その後経営難により11月末で東京・船橋方面航路の事業を停止。ベイブリッヂ、ベイストリーム売船。運航船舶はパラダイスラインのシーコム1のみとなる。
2001年、傭船契約の終了によりパラダイスラインは無期限運休。シーコム1を売船し、会社は解散する。