コール・ミー・ザ・ブリーズ
From Wikipedia, the free encyclopedia
テネシー州ナッシュビル、テネシー・アンド・モス・ローズ・スタジオ
(1970年9月29日 - 1971年6月9日)
| 「コール・ミー・ザ・ブリーズ」 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| J・J・ケイルの楽曲 | |||||||||||||
| 収録アルバム | 『Naturally』 | ||||||||||||
| リリース | 1971年10月25日 | ||||||||||||
| 録音 | テネシー州マウント・ジュリエット、ブラッドリーズ・バーン テネシー州ナッシュビル、テネシー・アンド・モス・ローズ・スタジオ (1970年9月29日 - 1971年6月9日) | ||||||||||||
| ジャンル | ブルース・ロック | ||||||||||||
| 時間 | 2分37秒 | ||||||||||||
| レーベル | マーキュリー・レコード | ||||||||||||
| 作詞者 | J・J・ケイル | ||||||||||||
| 作曲者 | J・J・ケイル | ||||||||||||
| プロデュース | オーディ・アシュワース | ||||||||||||
| |||||||||||||
「コール・ミー・ザ・ブリーズ」(Call Me the Breeze)は、J・J・ケイルが1971年に発表した楽曲。デビューアルバム『Naturally』に収録された。
1970年8月、エリック・クラプトンの最初のソロ・アルバム『エリック・クラプトン・ソロ』が発売され、同年9月、アルバムからJ・J・ケイルのカバー「アフター・ミッドナイト」がシングルカットされる[1]。「アフター・ミッドナイト」はビルボード Hot 100の18位を記録するヒットとなり、ラジオでも広くかかった。このときに初めてケイルはクラプトンが自分の曲をレコーディングしたことを知ったという。ケイルは『モジョ』のインタビューでこう答えている。「俺は何しろど貧乏で、食うや食わずで、若くもなかった。もう30代だった。だからすごくうれしかったよ。金が手に入って感激した」[2]
友人で、音楽プロデューサーのオーディ・アシュワースはこれを利用してアルバムを作ることをケイルに強く促した。レコーディングは同年9月29日から始まった。テネシー州マウント・ジュリエットのブラッドリーズ・バーン、同州ナッシュビルのテネシー・アンド・モス・ローズ・スタジオなどで制作が行われた。デモのような音作りがなされ、いくつかの曲ではドラムマシンがそのまま使用された。「コール・ミー・ザ・ブリーズ」もその1曲であった。
1971年10月25日発売の『Naturally』に収録された。アルバムからは「クレイジー・ママ」がシングルカットされ、全米22位を記録した。
2004年公開のコンサート映画『Crossroads Guitar Festival 2004』でケイルは本作品を歌った(クラプトンが伴奏で参加)。