サビン・バラシャ
From Wikipedia, the free encyclopedia
サビン・バラシャ | |
|---|---|
| 生誕 | 1932年6月17日 |
| 死没 | 2008年4月1日(75歳没) ルーマニア・ブカレスト |
| 墓地 | ヤシ・エテルニタテア墓地 |
| 国籍 | ルーマニア |
| 教育 | フラシ・ブゼシュティ高校 |
| 母校 | ニコラエ・グリゴレスク芸術大学 |
| 職業 | 画家 |
| 賞 | 国家功労勲章(ルーマニア) |
| ウェブサイト | www.sabinbalasa.com |
サビン・バラシャ(Sabin Bălașa、1932年6月17日[1] – 2008年4月1日[2])は、ルーマニアの現代画家。自らの作品を宇宙ロマン主義に属するものであるとした。
バラシャはオルト郡ドブリチェニで生まれた。1950年にクラヨーヴァのフラシ・ブゼシュティ高校で中等教育を終えた後、ブカレストのニコラエ・グリゴレスク芸術大学に入学し、1955年に卒業した。その後、イタリアへ赴き、シエーナとペルージャで絵画の勉強を続けた。
1973年と1976年に、ブカレスト市長室は彼に俸給付きでニコラエ・チャウシェスクとその妻エレナ・チャウシェスクの肖像画を描くように命じた。そのため、1980年代後半、バラシャはチャウシェスクの個人崇拝を助長したとして告発された。
2000年12月、エミル・コンスタンティネスク大統領から国家功労勲章、司令官の地位を授与された。
2005年6月、フランスの新聞ル・モンド紙が別の画家のプロパガンダ絵画を複製し、それが彼のものであると主張したとして、名誉毀損で訴えた。その後、ル・モンド紙は誤りを認めた。
バラシャは、2008年にブカレストのスファンタ・マリア病院で肺癌により死去。ヤシのエテルニタテア墓地に埋葬された。
