サプゥアフィク環礁
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地理
ポンペイ島の環礁南西部から140km南西に位置しており、環礁内には10個の島が存在する。サプゥアフィク環礁から南西330km程の位置にヌクオロ環礁が、西に370km程の位置にルクノール環礁が存在する。最大かつ唯一定住者が住む島はヌガティクであり西の端に存在する。
環礁は22.5km程の長さで、幅が9.6km程である。礁湖は78.59km[3]ほどになっており、環礁全域の面積は114km[3]になっている。10の島の総土地面積は1.75km[3]であり、本島のヌガティクは0.91km[3]の面積でありそれ以外の島々は半分以下の面積である。ヌガティクが唯一の定住者の住む島であり、残る島の内、比較的大きな6島はココヤシやタロイモの生産、家畜の飼育などに利用されている。これらの島の避難所として合計12棟の建物がある[4]。
ヌガティクから時計回りに以下の島が存在する。
| 名称 | 面積(km2)[4] | 位置 |
|---|---|---|
| ヌガティク | 0.906 | 西端 |
| Peina | 0.206 | 北部 |
| Bigen Karakar | 0.025 | 北東 |
| Jirup | 0.023 | 東部 |
| Bigen Kelang | 0.047 | 東部 |
| Pikepe (Piken Mategan) | 0.009 | 東部 |
| Dekehnman | 0.009 | 東端 |
| Wat | 0.281 | 東端 |
| Pikenmetkow | 0.006 | 南東 |
| Uataluk (Wateiluk) | 0.039 | 南西 |
| Sapwuahfik (Atoll) | 1.551 |
飛行場
ヌガティク島にサプゥアフィク民間飛行場がある。海岸侵食により、島から滑走路が約20メートル離れているため、乗客は島との間をボートで行き来する。
風土
人口は2010年の時点で433人であった。文化は最も近い土地であるポンペイに似ているが、独自の特性も保持している[5]。
現地のクレオール言語であるヌガティク・クレオールは、1873年のヌガティク虐殺の結果生み出された。ヌガティク虐殺ではオーストラリア人の船長C.H. Hartとポンペイ人戦士などが乗る船の船員によって男性住民が全滅させられている。いくらかの欧州人とポンペイ人は島内に再度殖民し、地元の住民を妻とした。この結果、現地にはポンペイ語のサプアフィック方言と英語の混ざった新しい文化と言語が生まれた[1][5]。ヌガティク・クレオールは男性のみが話す言語であり、全ての住民がポンペイ語に非常に類似したヌガティク語をしゃべる。