サラゴサ放射線治療事故
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ロサノ・ブレサ大学臨床病院 | |
| 現地名 | Siniestro radiológico del Hospital Clínico de Zaragoza |
|---|---|
| 日付 | 1990年12月10日 – 20日 |
| 会場 | ロサノ・ブレサ大学臨床病院 |
| 場所 | |
| 座標 | 北緯41度38分35秒 西経0度54分11秒 / 北緯41.64306度 西経0.90306度座標: 北緯41度38分35秒 西経0度54分11秒 / 北緯41.64306度 西経0.90306度 |
| 種別 | 放射線事故 |
| 原因 | 加速器の誤った修理に起因する放射線の過剰照射 |
| 死傷者 | |
| 計27人が放射線の過剰照射を受けた。 | |
| 死者 | 11人 |
サラゴサ放射線治療事故(サラゴサほうしゃせんちりょうじこ)は、1990年(平成2年)12月10日から20日にかけて、スペインのアラゴン州サラゴサ県サラゴサにあるロザノ・ブレサ大学臨床病院で発生した放射線事故である。
国際原子力機関(IAEA)によると、この事故で少なくとも27人の患者が負傷し、そのうち11人が過剰被曝によって死亡した。被害者全員が放射線治療を受けている患者であった[1]。
ロザノ・ブレサ大学臨床病院(スペイン語: Hospital Clínico Universitario Lozano Blesa)は放射線治療装置として、コバルト60照射装置1基と直線加速器「Sagittaire」1基を備えていた[2]。事故発生当時、直線加速器は設置から12年間が経過していた[3]。
放射線外照射治療では、がん細胞を破壊するために電離放射線を使用するが、正常組織への影響は最小限に留められなければならない。コバルト60照射装置では固定されたエネルギーのガンマ線しか得られないのに対し、直線加速器では放射線の種類(電子線とエックス線)やエネルギーが選択できるため、より柔軟で適切な治療が行えるというメリットがある。ただし、全てのパラメータが厳密にコントロールされる必要がある[2]。
事故
以下はスペイン原子力安全委員会(Consejo de Seguridad Nuclear、CSN)の報告書に基づく[2]。
1990年12月5日、加速器オペレーターが電子線が出ないことに気づき、装置メーカーであるGE-CGRの保守担当者に連絡した。運転日誌にこの事象は記載されなかった。保守担当者は当日、隣室のコバルト装置の点検を行っており、加速器の修理は後日に持ち越された。
12月7日、保守担当者が加速器の修理作業を実施した。
12月10日、加速器を用いた患者治療を再開。病院の放射線防護部門は故障を知らされていなかった。
12月20日午前、オペレーターが計器の表示が不正確であると放射線防護部門責任者に報告し、加速器による治療を中止。医師らは患者の強い副作用や体調不良がこの問題と関連している可能性を疑い始めた。
12月21日、線量測定を実施したところ、操作盤でどのエネルギー値を選択しても、電子線のエネルギーは常に36メガ電子ボルト(MeV)であることが判明。GE-CGRに連絡し、技術者が修理と点検を実施した。
12月29日、病院から原子力安全委員会へ事故を報告。
原因
事故の発端は、直線加速器の電子ビーム偏向システムの故障であった。制御回路の短絡によって、電子線を偏向させるマグネットコイルに常に最大電流が流れ、電子ビームが正しい軌道から外れていた。加速器の放射線モニタが選択されたエネルギーが出ていないことを検知し、照射を自動的に停止していた[2]。
12月7日の修理において、保守担当者は制御回路の短絡を直さず、電子線のエネルギーを上げることで無理矢理ビーム軌道を修正した。この結果、電子線エネルギーは常に最大値(36MeV)となった。また、保守担当者はこの操作のために自動モードから手動モードに切り替えていたため、選択されたエネルギー値と実際の出力値が一致しない場合でも自動停止機構が作動しないようになっていた。操作盤で7、10、13 MeVを選択しても常に計器が「36MeV」と表示することについては、計器が壊れて指示針が固まっているだけだと解釈した[2]。
保守担当者は、病院の技術責任者に修理内容を報告せず、作業記録も正式に提出していなかった。病院側も、修理後に放射線防護部門の点検を行わずに患者治療を再開していた。日常点検の線量チェックは12月7日以降行われていなかった[2]。
電子線はエネルギーが高いほど透過力が強くなるため、患者は想定照射箇所よりも深部の組織に過剰被曝を受けることとなった[2]。