パブロ・デ・サラサーテ
スペインの作曲家・ヴァイオリニスト
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来歴
8歳のときに初めての公演をし、10歳のときにスペイン女王イサベル2世の前で演奏を披露した。その後パリ音楽院で学び、13歳のときヴァイオリン科の一等賞を得た。1860年代ごろから演奏家としての活動を始め、1865年には一番初めに仲良くなったサン=サーンスと演奏旅行をした。サン=サーンスはサラサーテに『序奏とロンド・カプリチオーソ』、『ヴァイオリン協奏曲第3番』などを献呈している。サラサーテはまた、ラロの『スペイン交響曲』、ブルッフの『ヴァイオリン協奏曲第2番』、『スコットランド幻想曲』の初演者かつ献呈先でもある。サラサーテの華麗な名人芸は、チャイコフスキーやブラームスなどにも影響を与えた。
サラサーテは1904年、G&Tの略称で知られるEMIの前身のグラモフォン・アンド・タイプライター社の円盤のディスクレコードに、自作を7曲(バスク奇想曲、ツィゴイネルワイゼン(2面)、カプリス・ホタ、ハバネラ、序奏とタランテラ、ミラマール、ツァパテアード)と、J・S・バッハの無伴奏パルティータ第3番のプレリュード、F・ショパン作曲サラサーテ編曲のノクターン 作品9-2の合計10枚を録音した[1][2]。勿論機械吹き込みのSP盤であるが、LP盤やCDにも復刻されている。この頃のレコードとしては比較的多く残存し、内田百閒の小説「サラサーテの盤」の題材になり、映画『ツィゴイネルワイゼン』でも扱われている。
1908年9月20日、慢性気管支炎のためにフランス領バスクのビアリッツで死去した。64歳没。
作曲家としてのサラサーテの作品は、ほとんどヴァイオリンと管弦楽(もしくはピアノ)のための作品であり、スペインの民謡や舞曲の要素を盛り込んだ国民楽派に位置付けられる。その代表的な作品がハンガリーのジプシー(ロマ)の民謡による『ツィゴイネルワイゼン』であり、ラッシュ、フリッシュなどの特徴(チャールダーシュ)を取り入れている。他の作品はあまり演奏されることがない。
人物
評価
ガヤレ=サラサーテ国際音楽コンクール
若手声楽家とヴァイオリン奏者のためのコンクールとしてフリアン・ガヤレ=パブロ・サラサーテ国際声楽およびヴァイオリンコンクール(Julián Gayarre – Pablo Sarasate International Singing and Violin Competition)がパンプローナで開催されていた。参加者の国籍を問わず、原則としてヴァイオリン部門[5]と声楽部門が毎年交互に開催されていた[6]が、このコンクールは閉会した。
入賞者
- 2001年(第6回)
- 第1位 川久保賜紀
- 2005年(第8回)
- 第1位 JE-HYE LEE (19歳、韓国)
- 第2位 DANIEL AUSTRICH (21歳、ドイツ)
- 第3位 UI-YOUN HONG (18歳、韓国)
- 2007年(第9回)
- 第1位 有希マヌエラ・ヤンケ(ドイツ)
- 2009年(第10回)
- 第1位 YU-CHIEN TSENG(15歳、台湾)
- 2011年(第11回)
- 第1位 アナ・マリア・バルデラマ(26歳、スペイン)[7]
- 2015年(第12回)
- 第1位 ロベルト・ラカトシュ(セルビア)
- ファイナリスト アンジェラ・ウィー(アメリカ)[8]