さらに不明なのは、ウラルトゥ王国末期の王の変遷である。ロシアのオリエント学者I.M.ディアコノフ(Дьяконов, И. М.)は、サルドゥリ4世は父の死の直後に王位を継いだのではなく、叔父のエリメナに王位を奪われ、その息子(サルドゥリには従兄弟)のルサ3世から紀元前600年頃に王位を奪い返し、最後のウラルトゥ王になったと推測した。一方アルメニアのオリエント学者N.V.アルトゥニヤン(Арутюнян, Н. В.)は、カルミル・ブルール(アルメニアにあるウラルトゥの都城遺跡。古代名テイシュバニ)の発掘調査の成果に基づいて、サルドゥリ4世はサルドゥリ3世の死後すぐに特に混乱もなく王位を継いだと推測している[2]。この場合、エリメナはサルドゥリ4世の後にウラルトゥ王位を継いだことになり、サルドゥリの在位期間は紀元前620年前後だったということになる。