サロメ (アンティパトロスの娘)

From Wikipedia, the free encyclopedia

在位 紀元前4年 - 紀元後9年から12年までの間[1]
配偶者 ヨセフ(ヘロデの叔父)[2]
子女 ベレニケ、アンティパテル(いずれもコストバルとの子)[2]
サロメ
שלומית
在位 紀元前4年 - 紀元後9年から12年までの間[1]

配偶者 ヨセフ(ヘロデの叔父)[2]
  コストバル[2]
  アレクサス[2]
子女 ベレニケ、アンティパテル(いずれもコストバルとの子)[2]
王朝 ヘロデ朝
父親 アンティパトロス
テンプレートを表示

サロメ(Salome または Salomé、ヘブライ語: שלומית)は、古代パレスチナの王ヘロデ大王の妹。

なお、洗礼者ヨハネの処刑の話やこれを基にした戯曲『サロメ』に出てくる「サロメ」は彼女のひ孫にあたる。 ヘロデ大王の死後、その息子のヘロデ・アルケラオス英語版ヘロデ・アンティパスヘロデ・フィリッポス英語版達3人の甥とともにパレスチナを四分割(ただしサロメの領地は甥に比べるとかなり小さくいくつかの都市[3]のみである)統治した。彼らを「王」ないし「女王」とするのは俗称で、歴史学上は(テトラルキア τετραρχια )と呼び、四分領太守、四分封領主と訳される。

サロメは兄の死後12~14年ほど生き[1]、死後自分の財産を皇后ユリアに寄贈した(『ユダヤ古代誌』第XVIII巻2章2節より)。

娘ベレニケはヘロデ大王の息子アリストブロス4世英語版と結婚し、アグリッパ1世ヘロディアの母となった。

Related Articles

Wikiwand AI