サロンシネマ
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| サロンシネマ1・2 Salon Cinema | |
|---|---|
|
サロンシネマが入居する広島東映プラザビル | |
| 情報 | |
| 正式名称 | サロンシネマ |
| 開館 | 2014年9月20日 |
| 開館公演 |
太秦ライムライト(サロンシネマ1) バツイチは恋のはじまり(サロンシネマ2) |
| 客席数 |
125席(サロンシネマ1) 91席(サロンシネマ2) |
| 設備 | 5.1chデジタルサウンド |
| 用途 | 映画上映 |
| 運営 | 株式会社序破急[1] |
| 所在地 |
〒730-0013 広島県広島市中区八丁堀16-10 広島東映プラザビル8階 |
| 位置 | 北緯34度23分40.3秒 東経132度27分43.3秒 / 北緯34.394528度 東経132.462028度座標: 北緯34度23分40.3秒 東経132度27分43.3秒 / 北緯34.394528度 東経132.462028度 |
| 最寄駅 | 広島電鉄本線 立町電停 |
| 最寄バス停 | 広電バス・ボン・バス 八丁堀(東急ハンズ前・6乗り場)停留所 |
| 外部リンク | サロンシネマ |
サロンシネマ1・2(Salon Cinema1・2)は、広島県広島市中区八丁堀にある映画館(ミニシアター)。映画興行会社の序破急によって運営されている。キャッチ・コピーは「夢売劇場 サロンシネマ」。
2014年に中区大手町の鷹野橋(タカノ橋)から現所在地の八丁堀(広島東映プラザビル)に移転した。移転前後で名称の変化がなかったため、ここでは両館を便宜的にタカノ橋サロンシネマ、八丁堀サロンシネマと記載することで区別する。
- 1959年 - タカノ橋OSが開館
- 1962年 - タカノ橋大映が開館
- 1960年代 - タカノ橋OSがタカノ橋日劇に改称
- 1972年3月1日 - タカノ橋大映がサロンシネマ1に改称
- 1994年4月29日 - タカノ橋日劇がサロンシネマ2に改称
- 2014年
- 8月31日 - 鷹野橋での営業を終了
- 9月20日 - 八丁堀に移転して営業再開
タカノ橋サロンシネマ
| (旧)サロンシネマ1・2 Salon Cinema | |
|---|---|
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移転前のサロンシネマが入居していた、タカノ橋公楽センタービル | |
| 情報 | |
| 開館 |
1972年3月1日(サロンシネマ1) 1994年4月29日(サロンシネマ2)[注釈 1] |
| 閉館 | 2014年8月31日 |
| 最終公演 |
昭和残侠伝 死んで貰います(サロンシネマ1) 有りがたうさん(サロンシネマ2) |
| 客席数 |
100席(サロンシネマ1) 99席(サロンシネマ2) |
| 設備 | ドルビーデジタル5.1ch |
| 用途 | 映画上映 |
| 運営 | 蔵本興行( - 1984年頃)[2][3][4][5]→公楽産業有限会社(1985 - 2007年頃)[6][7][8][9][10][11]→株式会社序破急(2008 - 2014年) |
| 所在地 |
〒730-0051 広島県広島市中区大手町5-8-6 |
| 最寄駅 | 広島電鉄宇品線鷹野橋電停 |
| 最寄バス停 | 広島バス 鷹野橋商店街停留所 |
かつてサロンシネマ1・2は、中区大手町の鷹野橋(タカノ橋)と呼ばれる地区にあった。タカノ橋商店街振興組合に加盟しており、2スクリーンを有した。
サロンシネマ1は日本一広い革張りシートが特徴であり、シート前部にはカウンターテーブルが設置されていた。サロンシネマ2はマツダと共同開発した自動車タイプのシートが使用され、天井にはフレスコ画が描かれていた[12][13]。
データ
- 所在地 : 広島県広島市中区大手町5-8-6
- アクセス : 広島電鉄宇品線鷹野橋電停から西に徒歩2分(150m)、広島バス鷹の橋バス停から徒歩2分
- 座席数:100席(サロンシネマ1)、99席(サロンシネマ2)
- 支配人 : 蔵本登( - 1980年)、住岡正明(1980年 - 2011年)、桑原由貴(2012年 - 2014年)
歴史
鷹野橋のサロンシネマ1とサロンシネマ2はそれぞれ異なる歴史を持っていた。1959年、日活映画の直営封切館であるタカノ橋OS(サロンシネマ2の前前身)がこの地に開館し、1962年には大映の直営封切館であるタカノ橋大映(サロンシネマ1の前身)が開館[12]。一時期は、タカノ橋OS、タカノ橋大映、東映の邦画封切館であるタカノ橋東映、洋画のスバル座、名画座のタカノ橋名劇の5館が現在のサロンシネマの建物がある場所を占めていた[12][14]。タカノ橋大映は1972年3月1日にサロンシネマ1となり、1980年には支配人の蔵本登が閉館を検討したが、東京の出版社に勤務していた住岡正明が支配人の座を引き継いで上映を続けた[12][14]。タカノ橋OSは1960年代にタカノ橋日劇となった後、1994年4月29日にサロンシネマ2となった[12]。
2014年5月21日の中国新聞の報道で、8月末で閉館し市内に移転することが明らかになった[15]。入居しているビルの老朽化が進み2013年春には外壁の一部が落下[15]。補修も限界に来ていた[15]。同年6月24日の中国新聞の報道で、八丁堀の広島東映プラザ8階に移転することが明らかになった[16]。サロンシネマ1・2は2014年8月31日に鷹野橋での上映を終えた[17]。8月31日の最終上映作品はサロンシネマ1が『昭和残侠伝 死んで貰います』、サロンシネマ2が『有りがたうさん』だった。
2018年に公開された映画『鯉のはなシアター』(時川英之監督)では、旧サロンシネマが劇中の映画館「ピジョン座」となって登場している[18]。

