サロン・デ・サン
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1889年に創刊された、美術文芸雑誌、「ラ・プリュム(La Plume、羽ペンの意)」は最初パリのアラゴ通りの出版社で出版されていたが[4]、1891年7月に事務所をボナパルト通りに移したところ、新しい事務所には美術展示会をするのに十分な広さがあった。
1890年代に入って、多色刷り版画の進歩によって大きいサイズの広告用のポスターが作られるようになり、美術品として収集のアイテムになっていた。ヨーロッパやアメリカでアール・ヌーボーのスタイルのポスターは大きな需要を生んでいた[5]。「ラ・プリュム」でも1893年11月号からポスター美術などの同時代の美術を特集するようになり、ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌやジェームズ・アンソール、アレクサンドル・ファルギエール、アンデレ・デ・ガション、ウジェーヌ・グラッセ、アンリ・ド・グルー、アルフォンス・ミュシャ、オーギュスト・ロダンといった芸術家の特集が行われた。[6]
サロン・デ・サンは建前としては100人の芸術家のグループ展ということから名前が付けられたが、参加者のすべてが会員であった訳ではなかった。シャヴァンヌやジュール・シェレ、グラッセ、マルスラン・デブータンといった芸術家は会員であったが、他の多くの参加者は作品の出展の依頼に応じただけだった。展覧会に審査員もいなければ、賞も設けられなかった。出展者は展示スペースを指定されて、そこに自由に作品を展示することができた[4]。
毎回展覧会のポスターが制作され、「ラ・プリュム」の特別版が展覧会の目録の代わりになった。