サロージ・カーン

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本名 Nirmala Nagpal
生年月日 (1948-11-22) 1948年11月22日
没年月日 (2020-07-03) 2020年7月3日(71歳没)
サロージ・カーン
Saroj Khan
Saroj Khan
サロージ・カーン(2012年)
本名 Nirmala Nagpal
生年月日 (1948-11-22) 1948年11月22日
没年月日 (2020-07-03) 2020年7月3日(71歳没)
出生地 インドの旗 インド ボンベイ州英語版ボンベイ
死没地 インドの旗 インド マハーラーシュトラ州ムンバイ
職業 振付師
配偶者 B・ソーハンラール英語版(1961年-1965年、離婚)
サルダール・ローシャン・カーン(1966年-2020年、死別)
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サロージ・カーン(Saroj Khan、1948年11月22日 - 2020年7月3日)は、インド振付師ボリウッドで活動し、同映画産業の振付師の中でも指導者的な存在として知られていた[1]。40年以上のキャリアの中で2000曲以上の振り付けを手掛け、「インドのダンス/振付の母(The Mother of Dance/Choreography in India)」と呼ばれていた。2020年に入院先の病院で急死した[2][3][4]

キャリア

ナショナル・フィルム・アワード振付賞を受賞するサロージ・カーン(2003年)

ボンベイ出身で、本名は「ニルマラ・ナーグパール(Nirmala Nagpal)」[5]。両親はインド・パキスタン分離独立後にパキスタンからインドに移住した。3歳から子役としてキャリアを始め、『Nazarana』で少女シャーマ役を演じ[6]、1950年代からはバックアップ・ダンサー英語版として活動した。サロージは仕事の合間にB・ソーハンラール英語版からダンスを学び、13歳の時に彼と結婚した[7]。結婚当時ソーハンラールは41歳で、すでに4人の子供がいた[7]。その後、サロージは振付師に転職して振付アシスタントを経て1974年に『Geetaa Mera Naam』で独立した振付師として製作に参加し、成功を収めた[7]。成功後は『Mr. India』『Nagina』『Chandni』でシュリデヴィの振り付け、『Tezaab』『Thanedaar』『Beta』でマドゥリ・ディークシットの振り付けを手掛け[8]、ボリウッドで最も成功した振付師の地位を確立した[6][9]

2005年にリアリティーショー『Nach Baliye』で審査員を務め、第2シーズンでも審査員を務めている。ソニー・エンターテインメント・テレビジョン英語版の『Ustaadon Ka Ustaad』にも出演している。2008年に『Nachle Ve with Saroj Khan』でホスト役を務め、『Boogie Woogie』ではジャーヴェード・ジャフリー英語版ラヴィ・ベール英語版と共演した。『Taarak Mehta Ka Ooltah Chashmah』でも審査員を務めている[10]。2012年にはPSBTと映画局が共同製作したサロージのドキュメンタリー番組『The Saroj Khan Story』が放送された[11][12]

死去

2020年6月17日にムンバイ・バンドラにあるグル・ナナク病院に入院し、7月3日に心停止により死去した[13][14][15]

受賞歴

出典

外部リンク

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