サン・ビセンテ岬の月光の海戦
From Wikipedia, the free encyclopedia
| サン・ビセンテ岬の月光の海戦 | |
|---|---|
サン・ビセンテ岬の月光の海戦(1780年1月16日)、フランシス・ホルマン画(1780) 爆発する「サント・ドミンゴ」とロドニーの旗艦「サンドウィッチ」(手前) | |
| 戦争:アメリカ独立戦争 | |
| 年月日:1780年1月16日 | |
| 場所:ポルトガルのサン・ビセンテ岬沖 | |
| 結果:グレートブリテン王国の勝利 | |
| 交戦勢力 | |
| 指導者・指揮官 | |
| 戦力 | |
| 戦列艦 18隻 | 戦列艦 9隻、フリゲート 2隻 |
| 損害 | |
| 戦死32名、負傷102名 | 破壊 1隻、捕獲 6隻(うち2隻奪還) |
| |
サン・ビセンテ岬の月光の海戦(サン・ビセンテみさきのげっこうのかいせん、英:Moonlight Battle of Cape St Vincent または単に Battle of Cape St Vincent または Battle of Cape Santa Maria)は、1780年1月16日の月夜に、アメリカの独立戦争の一部としてグレートブリテン王国(イギリス)艦隊とスペイン艦隊の間で行われた海戦。
ポルトガルのサン・ビセンテ岬の沖でジョージ・ロドニー提督指揮のイギリス艦隊とドン・フアン・デ・ランガラ提督指揮のスペイン艦隊によって戦われ、イギリス艦隊が勝利した。荒れる海で午後4時に開始された戦闘は皓々たる月光の下、午前2時まで続いた。帆走軍艦の時代に夜間に海戦が行われることは珍しかったため、特に「月光の海戦」と呼ばれる。
ロドニーの艦隊は、スペインによって封鎖されていたジブラルタルの救援に赴く途中、ポルトガル南西部のサン・ビセンテ岬沖で戦列艦9隻からなるデ・ランガラ指揮の小艦隊を捕捉した。デ・ランガラの艦隊はそもそも戦列艦11隻で構成されていたが、2日前の強風により「サン・ヘナロ(San Genaro)」(74門)と「サン・フスト(San Justo)」(74門)が切り離されていた。