サン・ホアキンの拿捕
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| サン・ホアキンの拿捕 | |
|---|---|
| 戦争:スペイン継承戦争 | |
| 年月日:1711年8月11日 | |
| 場所:カルタヘナ・デ・インディアス沖、ボカ・チカ海峡(Boca Chica) | |
| 結果:グレートブリテン王国の勝利 | |
| 交戦勢力 | |
| 指導者・指揮官 | |
| 戦力 | |
| 戦列艦5隻 | |
| 損害 | |
| 死傷者7人 | 船2隻拿捕される 死傷者150人 捕虜450人 |
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サン・ホアキンの拿捕(サン・ホアキンのだほ、英語: Capture of the San Joaquin)、またはカルタヘナの海戦(カルタヘナのかいせん、英語: Battle of Cartagena)はスペイン継承戦争中の1711年8月11日、カルタヘナ・デ・インディアス沖(現コロンビア領)で行われた海戦。イギリスの戦列艦5隻とスペインのガレオン1隻と小型船1隻が戦闘に参加した。1時間を満たない戦闘の後、スペイン船が降伏した。スペインのガレオンは3年前のウェージャーの海戦に参加しており、そのときはあと少しのところで逃げおおせたのだった。
1711年5月末、フランスのジャン=バティスト・デュ・カッセ率いる艦隊がカルタヘナに到着した。8月3日、スペインの財宝艦隊を含む艦隊が出発、スペインへの帰路についた。護衛艦隊はミゲル・アウグスティン・デ・ビリャヌエバ提督を艦長とする64門艦サン・ホアキン(San Joaquin)、デュ・カッセを艦長とするサン=ミシェル(Saint-Michel)、プログリー(Proglie)を艦長とする60門艦エルキュール(Hercule)、テュロブル(Turroble)を艦長とする44門艦のフリゲートのグリフォン(Griffon)の4隻で構成された[1]。
一方、イギリスのジェームズ・リトルトン准将はジャマイカのポート・ロイヤルから艦隊を率いて7月26日に到着した。リトルトンの艦隊はフランシス・ホジアーを艦長とする50門艦ソールズベリー、リトルトンの旗艦でサー・ロバート・ハーランドを艦長とする50門艦ソールズベリー・プライズ、エドワード・ヴァーノンを艦長とする60門艦ジャージー、サンプソン・ボーン(Sampson Bourne)を艦長とする50門艦ニューカッスル、リチャード・レストックを艦長とする50門艦ウェイマス、トマス・レッグ(Thomas Legge)を艦長とする50門艦アングルジー、ロバート・チャッドウィック(Robert Chadwick)を艦長とするフリゲートの40門艦フォーイ(Fowey)で構成された。