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ザ・シーズ

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ザ・シーズ(The Seeds)は、1965 年にカリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたアメリカのサイケデリック、ガレージ・ロック[3][4][5][6]バンドで、チャート最高位のシングル「 Pushin' Too Hard 」で最もよく知られている。

出身地 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
活動期間 1965–1969, 1969–1972 (as Sky Saxon and the Seeds), 1989, 2003–2009
レーベル GNP Crescendo, MGM Records, Bam Caruso
概要 ザ・シーズThe Seeds, 基本情報 ...
ザ・シーズ
The Seeds
1966年
左から、リック・アンドリッジ、ダリル・フーバー、スカイ・サクソン、ジャン・サベージ
基本情報
出身地 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
ジャンル
活動期間 1965–1969, 1969–1972 (as Sky Saxon and the Seeds), 1989, 2003–2009
レーベル GNP Crescendo, MGM Records, Bam Caruso
旧メンバー
  • スカイ・サクソン
  • ダリル・フーパー
  • ジャン・サベージ
  • リック・アンドリッジ
  • ドン・ブーマー
  • ボブ・ノルソフ
  • ビル・チャパレリ
  • ポール・コップ
  • ジェフ・プレンティス
  • アレック・パラオ
  • リック・コリンズ
  • マーク・ベルグラフ
  • デイブ・クライン
  • ジャスティン・ポリメニ
  • ジェレミー・レバイン
  • ハーヴェイ・シャープ
  • ジミー・バレンタイン
  • ショーン・エムレディ
  • デイブ・ウォレレ
  • トミー・ガン
  • クリストファー・ロビン
  • ゲイリー・スターン
  • ドン・ボレス
  • ジェフ・ブランディン
  • ケビン・ディポルド
  • アトミック
  • ジュスティーノ
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概要

バンドのオリジナルメンバーは、フロントマンのスカイ・サクソン、ギタリストのジャン・サヴェージ(本名バック・ジャン・リーダー)[7]、キーボード奏者のダリル・フーパー、ドラマーのリック・アンドリッジであった。 1968年、バンドは名前をSky Saxon and the Seedsに変更し、サベージとアンドリッジがバンドを去った。彼らはさらにいくつかのシングルをリリースし続け、フーパーも1972年頃の解散直前に脱退した。

1989年、米国での少数のライブ日程のために再編成された[8]。

2003年、サクソンはオリジナルのギタリスト、ジャン・サベージ(健康上の理由で同年ヨーロッパ・ツアーの途中で合流)と共にシーズを再結成した。さらに 2 枚のスタジオ アルバムをリリースし、バンドは2009年6月25日にサクソンが亡くなるまで、アメリカ、イギリス、ヨーロッパをツアーし続けた。

歴史

結成と初期の成功(1965年 - 1966年)

1965年、それまで「リッチー・マーシュ(Richie Marsh)」の名でドーワップやポップ・シンガーとして活動していたスカイ・サクソン(ボーカル)を中心に、ダリル・フーパー(キーボード)、ジャン=サベージ(ギター)、リック・アンドリッジ(ドラムス)の4人によってロサンゼルスで結成された[9][10]。

同年の末、地元の独立系レーベルであるGNP Crescendo Recordsと契約を締結[11]。デビュー・シングル「Can't Seem to Make You Mine(邦題:恋しい君よ)」をリリースし、南カリフォルニアのラジオ局を中心にローカル・ヒットを記録する[12]。

1966年にセカンド・シングル「Pushin' Too Hard」をリリース。サクソンのがらがら声のようなボーカル、キーボードの反復フレーズ、生々しいエレクトリック・ギターのサウンドが評判を呼び、翌1967年初頭にかけて全米チャート(Billboard Hot 100)で最高36位まで上昇するヒットとなった[13]。同年にリリースされた1stアルバム『The Seeds』は、ガレージ・ロックの金字塔的作品として評価されている[14]。

サイケデリック路線への傾倒と解散(1967年 - 1968年)

1966年後半から1967年にかけて、バンドは当時隆盛を誇っていたサマー・オブ・ラブの潮流に合わせ、サウンドをよりサイケデリックかつ実験的な方向へと変化させていった[15]。

1967年リリースの2ndアルバム『A Web of Sound』では、A面全体を費やした14分を超える長尺曲「Up in Her Room」を収録[16]。同年後半の3rdアルバム『Future』では、管弦楽器や各種エフェクトを取り入れた本格的なサイケデリック・ポップを提示した[17]。しかし、初期のストレートなガレージ・ロック路線からの変更は商業的な成功に繋がらず、次第にチャート成績は低迷していった[18]。

1968年にはブルースに回帰したアルバム『A Full Spoon of Seedy Blues』を発表するも成功を収められず、メンバー間の意見の相違やサクソンの奇行などが重なり、オリジナル・メンバーが相次いで脱退[19]。同年のうちに事実上の解散となった[20]。

ソース・ファミリーへの参加と「ヤホワ13」(1970年代)

解散後、スカイ・サクソンはハリウッドのサンセット・ストリップで自然食レストラン「The Source」を経営していた「ファーザー・ヨッド」(Father Yod、本名ジェームズ・エドワード・ベイカー)に傾倒するようになった[21][22]。ヨッドが主宰するカルト的自然主義コミューン「ソース・ファミリー(The Source Family)」に加入したサクソンは、スピリチュアルな共同生活を開始する[23]。

サクソンは、ソース・ファミリーの信者たちで構成された即興サイケデリック・ロック・バンド「ヤホワ13(Ya Ho Wha 13)」やその関連プロジェクトに参画[24]。1973年から1975年にかけて、彼らは深夜の瞑想後に録音された完全即興の音源を「Higher Key」レーベルから自家プレス盤LPとして多数リリースした。1975年にファーザー・ヨッドがハンググライダーの墜落事故で急死した後も、サクソンは「Fire, Water, Air」名義の『Golden Sunrise』(1977年)や『Yodship Suite』などのヤホワ13関連作でボーカルやパフォーマンスを担当した。

再評価と晩年(1980年代 - 2000年代)

1970年代後半以降のパンク・ロックやネオ・サイケデリックの台頭に伴い、ラモーンズやザ・クラッシュ、パティ・スミスらがザ・シーズからの影響を公言したことでバンドの再評価が進んだ[25]。1972年にレニー・ケイが編纂したコンピレーション『ナゲッツ:オリジナル・アーティファクツ・フロム・ザ・ファースト・サイケデリック・エラ、1965-1968』に「Pushin' Too Hard」が収録されたことも名声の確立に大きく寄与した[26]。

1998年、サクソンは日本のレコードレーベル「キャプテントリップ・レコーズ」と提携し、ソース・ファミリー時代の貴重な音源をまとめた13枚組CDボックス・セット『God and Hair』のリリースに協力した。

2000年代に入ると、サクソンは「スカイ・サクソン&ザ・シーズ」名義で活動を再開し世界ツアーを行ったが、2009年6月25日に心不全のため63歳で死去した[27]。

ディスコグラフィー

アルバム

ザ・シーズ・オリジナル・アルバム

  • ザ・シーズ The Seeds (1966)
  • ウェブ・オブ・サウンド A Web of Sound (1966)
  • フューチャー Future (1967)
  • A Full Spoon of Seedy Blues (スカイ・サクソン・ブルース・バンドとして) (1967)
  • シーズ・イン・コンサート Raw & Alive: The Seeds in Concert at Merlin's Music Box (1968)

スカイ・サクソン・アンド・ザ・シーズ

  • Red Planet (2004)
  • Back to the Garden (2008)

コンピレーション

  • Fallin' Off the Edge (April 1977)
  • Bad Part of Town (1982)
  • Evil Hoodoo (1988)
  • Travel with Your Mind (1993)
  • Flower Punk (box set) (1996)
  • Singles As & Bs 1965–1970 (compilation album) (2014)
  • The Seeds: Pushin' Too Hard (original soundtrack) (2019)

リイシュー

  • The Seeds (reissued in mono with unreleased tracks) (2013)
  • A Web of Sound (double CD mono/stereo reissued with unreleased tracks) (2014)
  • Future (double CD mono/stereo reissued with unreleased tracks) (2014)
  • Raw & Alive (double CD two concerts, the original without screaming and with crowd, and another earlier studio concert) (2014)

シングル

さらに見る Year, Song ...
Year Song Peak chart positions
U.S. Billboard[28] U.S. Cashbox CAN
1965 恋しい君よ - "Can't Seem to Make You Mine"
b/w デイジー・メー - "Daisy Mae"
— — —
"You're Pushin' Too Hard"
b/w "Out of the Question"
— — —
1966 プッシン・トゥ・ハード - "Pushin' Too Hard"(国内盤)
b/w トライ・トゥ・アンダースタンド"Try to Understand"
36 40[29] 44
"Mr. Farmer"
b/w "No Escape"
— — —
1967 "Mr. Farmer" (re-release)
b/w "Up in Her Room"
86 109[30] —
"Can't Seem to Make You Mine" (re-release)
b/w "I Tell Myself"
41 55[31] 33
花咲く木かげ - "A Thousand Shadows"
b/w 花の子供達の行進 - "March of the Flower Children"
72 86[32] —
"The Wind Blows Your Hair"
b/w "Six Dreams"
— — —
1968 "Satisfy You"
b/w "900 Million People Daily Making Love"
— — —
1969 "Fallin' Off the Edge of My Mind"
b/w "Wild Blood"
— — —
1970 "Bad Part of Town"
b/w "Wish Me Up"
— — —
"Love in a Summer Basket"
b/w "Did He Die"
— — —
1972 "Shuckin' and Jiving"
b/w "You Took Me By Surprise"
— — —
"—" denotes releases that did not chart.
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脚注

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