ザ・バロン (バンド)
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概要
グループ・サウンズ全盛期の1967年2月、尾藤イサオ[注釈 2]のバック・バンドとして結成された。キャッチフレーズは「リズム&ブルースで新境地を開拓」。1968年、単独で初めてレコーディングに臨んだが、担当ディレクターと喧嘩してレコード・デビューの機会を逃してしまった[注釈 3]。同年9月には佐々木に代わって宗台が参加。
1969年2月に尾藤から独立し、同年6月にガールシンガーの鍵山珠里と組んだ「ジュリーとバロン」名義のシングル「ブルー・ロンサム・ドリーム」[注釈 4]でレコード・デビューを果たした。この頃、NHKの新しい音楽番組『ステージ101』のオーディションに合格して、番組の出演グループとなるヤング101[3]に加入した。
翌1970年1月10日から総合テレビジョンでステージ101の放送が開始され、清須、河内、若子内、宗台のザ・バロンはヤング101のメンバーとしてレギュラー出演。同年11月にはザ・バロン単独名義の唯一のシングルとなった「恋の億万長者」[注釈 5]を発表した。そして1972年3月、清須が渡米する為にヤング101を卒業したのをきっかけに解散した。
河内と若子内は「ワカとヒロ」(のちに「ワカ&ヒロ」)を結成し、同年にステージ101のオリジナルソング「にくい太陽」でデビューし、1974年3月31日の最終回までヤング101のメンバーとして番組に出演し続けた。宗台は1973年4月までヤング101に在籍した。若子内と宗台は、約30年後の2003年10月21日夜、22日昼、夜の計3回にわたってBunkamuraのシアターコクーンにて開かれたヤング101復活コンサート『ステージ101〜明日に架ける橋』に、元メンバー35名と共に出演した。
ディスコグラフィ
シングル
| レコード会社 規格品番 発売日 |
名義 | 面 | 曲名 | 作詞 (訳詞) |
作曲 | 編曲 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 東芝 TP-2161 '69年6月1日 |
ジュリーとバロン | A | ブルー・ロンサム・ドリーム | 阿木燿子 | 宇崎竜童 | 和田昭治 |
| B | 涙で書きたい | 山口あかり | 和田昭治 | 和田昭治 | ||
| 東芝 EP-1261 '70年11月5日 |
ザ・バロン | A | 恋の億万長者 (If You Can Put That In A Bottle) | B. Meshel (片桐和子) | B. Meshel | ザ・バロン |
| B | コンドルは飛んで行く | D. A. Robles | D. A. Robles | ザ・バロン |