毎回世界各国の檜舞台を踏んだ有名タレントを招いていた番組[1]。司会は八千草薫が務めていた。
番組タイトルの表記には揺れがあり、1961年10月20日付の東京新聞テレビ欄に記載の番組宣伝広告(塩野義の薬品広告付き)には「シオノギ ザ・ビッグショウ」と記されているが、他の新聞各紙のラジオ・テレビ欄では「ザ・ビッグ・ショー」表記が用いられている。
番組の終了後、シオノギは同じ時間帯に編成された『シオノギテレビ劇場』のスポンサーに付いた。またそれから7か月後には、別の時間帯でスタートした『ミュージックフェア』への提供も開始した。