シエラクラブ
アメリカの自然保護団体
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シエラクラブ(英語: Sierra Club)は、アメリカ合衆国の環境保護団体である。
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Sierra Club | |
| 設立 | 1892年5月28日 |
|---|---|
| 設立者 | ジョン・ミューア |
| 種類 | 501(c)(4)非営利社会福祉団体 |
| 目的 | 自然環境の保護・保全、環境教育・政策提言 |
| 所在地 |
カリフォルニア州オークランド 2101 Webster St. Suite 1300 |
| 貢献地域 | アメリカ合衆国(全50州)、カナダ |
会員数 | 100万人以上 |
| 重要人物 | ローレン・ブラックフォード(事務局長) |
| 下部組織 | シエラクラブ財団、シエラ・スチューデント・コアリション、Sierra Club Books、Sierra Club Canada |
| 予算 | 1億7,300万ドル(2023年) |
職員数 | 約600人 |
| ウェブサイト |
www |
カリフォルニア州オークランドに本部を置き、アメリカ全50州およびプエルトリコ、ワシントンD.C.に支部を持つ[1]。
1892年5月28日、ナチュラリストのジョン・ミューアらによってサンフランシスコで設立された、アメリカ最古の環境保護団体のひとつである[2]。
会員数は100万人を超え、アウトドア活動の推進から政策提言・法廷闘争まで幅広い活動を展開している。「地球の野生の場所を探検し、楽しみ、守ること」をミッションの核心に掲げる[3]。
概要
シエラクラブは、アウトドア・レクリエーション活動の奨励と環境政策への政治的働きかけという二つの柱で知られる[4]。アメリカの主要な環境団体のひとつとして、選挙における候補者への推薦活動も行っており、自然保護法の成立、国立公園・国定記念物の設立、クリーンエネルギーへの転換といった分野で数多くの成果を上げてきた。
組織の主要部門である「シエラクラブ」はw:501(c)(4)団体(社会福祉組織)であり、政治的ロビー活動や選挙関連活動を行う。一方、1960年に設立されたシエラクラブ財団(Sierra Club Foundation)はw:501(c)(3)の慈善団体として、教育・法的プログラムなどに充てられる寄付金を受け付けている[5]。
活動目的
歴史
創設(1892年)
1892年5月28日、ジョン・ミューアはカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学の教授らを含む182名の自然保護支持者とともに、サンフランシスコの弁護士ウォーレン・オルニーの事務所でシエラクラブを設立した[7]。ミューアは初代会長に満場一致で選出され、1914年に死去するまでその職を務めた[8]。
設立当初の目標は、「太平洋岸の山岳地帯を探索・享受し、一般にアクセス可能にすること、それらに関する信頼できる情報を発信すること、シエラネバダ山脈の森林およびその他の自然資源の保全に向けて国民と政府の支持・協力を得ること」であった[9]。
ヘッチヘッチー渓谷の闘い
シエラクラブ初期の最大の試練は、ヨセミテ国立公園内のヘッチヘッチー渓谷(Hetch Hetchy)へのダム建設をめぐる論争であった。サンフランシスコ市は1906年の大地震後の水源確保を理由に、渓谷内へのダム建設を求めた。ミューアとシエラクラブは激しくこれに反対したが、1913年のレイカー法(Raker Act)成立により議会はダム建設を承認し、美しい渓谷は水没した[10]。ミューアはこの敗北に深く落胆し、1914年のクリスマスイブに死去した[11]。
しかしこの敗北は、その後の世代の活動家たちに政治的手腕の必要性を強く認識させ、シエラクラブが将来の保護運動においてより組織的・効果的に闘うための礎となった。
国立公園サービスの設立と初期の拡大
ミューアの遺産のひとつとして、1916年に国立公園局(National Park Service)が設立された。その初代局長スティーブン・マザーはシエラクラブの会員であった[12]。1920年代から1930年代にかけて、クラブは毎年のシエラネバダ山脈登山(ハイトリップ)を継続し、カリフォルニア各地に支部を設立した。アンセル・アダムスも1919年に会員となり、その卓越した自然写真でクラブの活動を広く世に知らしめた[13]。
デイビッド・ブラウアーの時代(1952年〜1969年)
1952年にシエラクラブ初の有給事務局長に就任したデイビッド・ブラウアーは、クラブを地方の自然保護団体から全国規模の環境運動組織へと変貌させた。彼の指導のもと、会員数は7,000人から70,000人へと10倍に拡大した[14]。
ブラウアーは、1950年代のダイナソー国定記念物(w:Dinosaur National Monument)内のエコーパーク・ダム建設計画を阻止するキャンペーンを主導した。この勝利はシエラクラブの全国的な知名度を一気に高め、会員数は1956年の10,000人から1960年には15,000人に増加した[15]。また1964年のウィルダネス法(Wilderness Act)成立にも貢献し、同法により910万エーカーの公有地が恒久的に開発から保護された[16]。
しかし1960年代後半、クラブ内でのダイアブロキャニオン原子力発電所建設をめぐる意見対立がブラウアーと取締役会の間の亀裂を深め、1969年にブラウアーは辞任した。彼はその後、地球の友(Friends of the Earth)を創設した[17]。
環境運動の主流化(1970年代〜1990年代)
1971年には法的活動を担う組織として「シエラクラブ法律擁護基金」(Sierra Club Legal Defense Fund、現在のEarthJustice)を設立した。全50州への支部拡大を果たし、大気汚染防止法や絶滅危惧種保護法の成立にも寄与した[18]。また、過剰人口、国際貿易、地球規模の気候変動に関する国際キャンペーンにも取り組むようになった。
ビヨンド・コール・キャンペーン(2002年〜)
2002年に始まった「ビヨンド・コール」(w:Beyond Coal)キャンペーンは、シエラクラブが主導した石炭火力発電所の廃止と再生可能エネルギーへの転換を目指す運動である。マイケル・ブルームバーグの資金援助を受け、草の根活動、市民抗議運動、法廷闘争、議会へのロビー活動を組み合わせた包括的なアプローチで展開された[19]。
2020年9月には、アメリカ国内の石炭火力発電所の60%に相当する318か所が閉鎖に至り、大きな節目を迎えた[20]。また2023年には、風力・太陽光発電による電力量が石炭を上回ることが見込まれるまでに成長した[21]。
人種差別問題への向き合い(2020年)
ジョージ・フロイドの死を契機とした2020年の全米的な人種的公正をめぐる議論の高まりを受け、当時の事務局長マイケル・ブルーンは同年7月22日、創設者ジョン・ミューアがアフリカ系アメリカ人や先住民族に対して人種差別的な発言を行っていたことを公に認めた[22]。また、初期の会員の中に優生学を支持した人物が含まれていたことも認め、「ホワイトサプレマシーを永続させた」歴史を直視することを宣言した[23]。クラブはその後、指導部の多様化と人種的・環境的正義への投資強化を誓約した。
主な活動
アウトドア活動
シエラクラブは設立当初から、自然とのふれあいを通じて環境保護の意識を育むアウトドア活動を中心に据えてきた。毎年20,000件以上のアウトドア・ツアーを開催しており[24]、恵まれない環境の若者や退役軍人向けのプログラムも展開している。2024年には「インスパイアリング・コネクションズ・アウトドアーズ」(Inspiring Connections Outdoors)プログラムが254件のトリップを実施し、主に恵まれない地域コミュニティから5,127人の参加者を迎えた[25]。
- (詳細後述)
政策提言・法廷闘争
シエラクラブは、環境立法の推進や行政への働きかけ、法廷闘争を組み合わせた多角的なアドボカシー活動で知られる。主な政策的成果として、ウィルダネス法(1964年)、大気浄化法、絶滅危惧種保護法の成立への貢献のほか、キーストーンXLパイプライン計画の阻止[26]、オバマ政権下での400万エーカーを超える公有地の保護、そしてパリ気候協定締結に向けた国際的な圧力活動などが挙げられる。
- (詳細後述)
選挙活動
シエラクラブは環境政策実現のため、環境政策に積極的な候補者への支持表明・推薦を行う。501(c)(4)団体として政治的ロビー活動が認められており、連邦・州・地方レベルの選挙にまたがる政治活動を展開している。
主な実績
組織
歴代のおもな役員
※ 太字は会長
- アンセル・アダムス (Ansel Adams) 役員:1934年-1971年
- David R. Brower 初代最高執行役員:1952年-1969年、役員:3期
- Robert Cox, 会長:1994年-1996年、2000年-2001年、2007年
- Leland Curtis
- Michael K. Dorsey
- Jim Dougherty[29]
- William O. Douglas
- Anne H. Ehrlich
- Francis P. Farquhar 会長:1933年-1935年および1948年-1949年
- Dave Foreman
- Aurelia Harwood 役員:1921年-1928年、初代女性会長:1927年-1928年[30]
- David Karpf
- Doug LaFollette
- Joseph LeConte 役員:1892年-1898年
- Joseph N. LeConte 会長:1915-1917、役員:1898年-1940年
- Martin Litton
- Duncan McDuffie
- Sam Merrill 役員:1936年-1937年
- ジョン・ミューア (John Muir) 会長:1892年-1914年
- Jan O'Connell
- Carl Pope 最高執行役員:1992年-現在
- Eliot Porter
- Sanjay Ranchod
- Bestor Robinson 会長:1946年-1948年
- William E. Siri
- Wallace Stegner
- Clair S. Tappaan 会長:1922年-1924年、役員:1912年-1932年
- Marilyn Wall 役員:2006-現在
- ポール・ワトソン (Paul Watson) 役員:2003年-2006年
- Edgar Wayburn 会長:5期(1960年代)
- Adam Werbach 会長:1996
- Bernie Zaleha 役員:2003-現在
アウトドア活動の詳細
ウィリアム・コルビーは1901年にシエラクラブとして初めて組織的な野外活動をヨセミテ渓谷で実行した。毎年実施される『ハイトリップ』という長期間のトレッキングは、Francis P. Farquhar、Joseph Nisbet LeConte、Norman Clyde、Walter A. Starr, Jr.、Jules Eichorn、Glen Dawson、Ansel Adams、David R. Brower など名だたる登山家に率いられてきた。
シエラクラブの野外活動により初登頂された山峰はシェラネバダ山脈には数多い。当時のクラブ会員はロッククライミングやハンドクラフトの先駆者でもある。1911年に初の支部であるAngelesが結成されると、すぐにロサンゼルス近郊や西海岸一帯の山岳地帯で野外活動や登山を始めた。第2次世界大戦中はシエラクラブのリーダーが数多く第10山岳師団に集結してその経験を戦線で実践した。
ハイトリップは時には参加者とクルーをあわせて100人を超える大編成の探検隊となることもあるが、野外活動の多くはこれより小規模で活動場所は全米各地のほかアメリカ国外のこともある。全米野外活動プログラムは数百種類にもなるが、その多くが4-10日間の野外活動である。
各支部や地域グループ、さらに小単位のセクションはこれとは別に地元やその周辺で短期間の旅行を催行する。その多くはハイキングだが、サイクリングやクロスカントリースキー、その他の活動もある。都市内野外活動グループは、都市環境しか知らない子供が触れられるような自然豊かな場所の確保に動いている。
政策提言等の詳細
自然保護の方針
シエラクラブは各種の自然保護問題について公式見解をもつ。クラブではこのような問題を以下に述べる17のカテゴリーに分類している。1)農業、2)バイオテクノロジー、3)エネルギー、4)環境問題をめぐる裁判、5)森林とウィルダネスの保全、6)地球環境、7)議会・行政対策、8)土地管理、9)軍事、10)原子力、11)海洋、12)公害と廃棄物、13)事前警告の原則、14)運輸・交通、15)都市計画、16)水資源、17)野生生物の保護。
土地管理・運用
シエラクラブ会員のなかには、国有林やその他連邦政府所有の土地の保護政策を強化するためにクラブが積極的に動くべきだという主張がある。たとえば2002年には、サウスダコタ州のブラックヒルズにおける森林伐採の許認可に妥協したWilderness Societyと協調したためにクラブは批判を浴びている[31]。
原子力問題
シエラクラブは、核反応特有の安全面のリスクが低下するよう保守的な政策を立法化し当局が実行に移すまで、核分裂・核融合の反応炉の新設に反対する姿勢をとっている。核融合炉に反対する具体的理由は水素の同位体であるトリチウムが放出される懸念である[32]。
河川の保全
シエラクラブの長期的目標の一つは、不要なダム建設に対する反対運動である。20世紀前半にクラブは、ヨセミテ国立公園のヘッチヘッチー峡谷におけるダム計画や洪水を巡り激しい抗議行動をした。このロビー活動は実らず、議会はツオルムン川のオーシャウネッシーダム建設を承認した。シエラクラブは以来ダム解体に向けたロビー活動を続けており、サンフランシスコ市の水源としてドンペドロ貯水池の水を浄化して使用することを代替案としている。
シエラクラブはグレンキャニオンダムの認可取り消しとパウエル湖の全量放水を訴えている。クラブはまた、ワシントン州東部のスネーク川下流の巨大かつ高コストのダムをはじめ数々のダムの認可取り消し・計画の白紙撤回・解体を訴えている。
青と緑の同盟
2006年6月にシエラクラブは北アメリカ最大の産業労働組合である全米鉄鋼労働組合と『青と緑の同盟』(Blue-Green Alliance)を結成すると発表した。この新しいパートナーシップの狙いは、良好な仕事を求める労働者のニーズと良好な環境や安全な世界を求める大衆のニーズを合致された共通の公的政策課題を追求することにある。
関連団体
関連団体と傘下の団体
- シエラクラブ財団 (Sierra Club Foundation)
- デビッド・ブラウアーにより1960年に創設された。これは国税局認定(IRSコード501(c)3準拠)の慈善団体であり、非課税の寄付金をもとに環境活動を支援する。教育・法的活動への資金提供を担う。
- Sierra Club of/du Canada
- 1963年に活動を開始した。現在カナダ全域に独自の国内団体や下部組織をもち、公害問題・生物の多様性・エネルギー問題・持続可能性を主眼に活動する独立した組織である。
- Sierra Club Legal Defence Fund
- シエラクラブに関与するボランティア弁護士が1971年に設立した。これはシエラクラブの許可を得てその名称を冠した独立した団体である。1997年にはEarthjusticeと名称変更した。
- Sierra Student Coalition(SSC)
- シエラクラブの学生下部組織である。1991年にアダム・ウェアバクが設立し、会員数は14,000人で全米最大の学生主導の環境団体。2023年に解散した[33]。
- Sierra Club Voter Education Fund
- 2004年の大統領選挙で与党が環境問題にどのような立場をとるのかというテレビ広告を流したのが活動の始まりとなる租税免除団体である。環境問題を選挙戦の前面に押し出すべくクラブはボランティアを動員して電話戦術・ドブ板戦術・ハガキ戦術を展開した(Environmental Voter Education Campaign)。
シエラクラブ内部の課題
政治問題に踏み込むことで、会員間の意見の相違が浮上し、内部グループ(派閥)が生じる課題がある。
移民問題をめぐる論議
1990年代を通じてシエラクラブ会員の一部には、アメリカの移民問題にクラブは踏み込むべきだという意見があった。クラブは人口過剰が環境悪化の一大要因であるという立場をとる。クラブはアメリカや世界の人口を縮小・安定させることに賛成という立場であるという。
- 一部の会員は実際問題として現行の水準で移民を受け入れながら対策を講じずにアメリカの人口を安定化することなど不可能であるとしている。この立場の会員は、クラブが移民制限の政策を支持するよう提案している。
- 他の会員は、移民問題はクラブ理念の核心から距離がありすぎ、この問題に深入りすると組織の政治力が分散され他の問題に対処できなくなると懸念する。
役員会は後者の意見を重視して1996年に、クラブが移民問題に対して中立の立場をとることを多数決で採択した。
移民受け入れの縮小を支持するグループSUSPSは、シエラクラブの内規に基づく全員投票でこの決定を覆そうと考えた[34]。SUSPSと賛同者が1998年春のクラブ選挙における懸案事項として移民問題を採りあげるのに必要な数の署名を集めたが、クラブとして移民問題には口を挟まないとした役員会の決定は、全会員の投票で3対2の比率で支持された[35]。
その後も混乱が続いたが現在ではこの紛争は決着している[36]。
内部派閥
次に取上げるのはシエラクラブ会員による非公式のグループで、役員会に立候補者を出してシエラクラブの運営方針に影響力を行使することを目的にしている。その一部をアルファベット順に並べる。
- JohnMuirLives:森林の保全やクラブの政治案件介入といった問題にクラブがもっと積極的に取り組むことを期待する会員たちで、John Muir Sierransの脱退者グループである。
- John Muir Sierrans :公有林での伐採禁止やグレンキャニオンダムの認可取り消しに賛同し、クラブの位置づけを変えようとデビッド・ブラウアーほかが1990年代に結成した。このJMLはこの両問題で成功を収めた。(ウェブサイトなし)
- Sierra Democracy:クラブの『旧守派』に反対し、クラブ選挙においてSUSPSやJMLなどのグループの権利を支える会員グループである。ウェブサイトは2004年の役員選挙以来更新されていない。
- SUSPS:クラブが移民政策に『不介入』の立場を取るとした1996年の決定を覆し、アメリカの人口安定政策をクラブが積極的に支持するよう求める会員のグループである。
カリフォルニア州支部のデザインが記念硬貨に
関連項目
- 環境運動
- 環境保全の歴史
- エコツーリズム
- ダムと環境
- 非政府組織
- 気候変動
- 自然保護団体一覧(英語)
- マサチューセッツ州vsアメリカ環境保護庁(英語)
- 時系列でみる地球環境(英語)