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シチズン時計

日本の東京都西東京市にある精密・電子機器メーカー From Wikipedia, the free encyclopedia

シチズン時計株式会社(シチズンとけい、英: Citizen Watch Co., Ltd.)は、東京都西東京市に本社を置く日本の精密機器メーカーである。時計事業を営むとともに、シチズングループを統括する事業持株会社であり、グループでは時計、工作機械、デバイスを主要事業としている[3][4]。

市場情報
東証プライム 7762
1949年5月16日上場
本社所在地 日本の旗 日本
〒188-8511
東京都西東京市田無町6丁目1番12号[2]
概要 種類, 機関設計 ...
シチズン時計株式会社
Citizen Watch Co., Ltd.
本社・東京事業所
種類 株式会社
機関設計 監査等委員会設置会社[1]
市場情報
東証プライム 7762
1949年5月16日上場
本社所在地 日本の旗 日本
〒188-8511
東京都西東京市田無町6丁目1番12号[2]
設立 1930年5月28日[2]
業種 精密機器
法人番号 5012701004744
事業内容 各種時計類およびその部分品の製造・販売
持株会社としてのグループ経営戦略の策定・推進、グループ経営の監査
グループ技術開発および知的財産の管理
その他の経営管理等[2]
代表者 代表取締役社長 大治良高[2]
資本金 326億4,800万円[2]
発行済株式総数 2億4,600万株
(2026年3月31日現在)[3]
売上高 連結:3,468億800万円
(2026年3月期)[3]
営業利益 連結:302億5,000万円
(2026年3月期)[3]
経常利益 連結:384億5,600万円
(2026年3月期)[3]
純利益 連結:311億円
(親会社株主に帰属する当期純利益、2026年3月期)[3]
純資産 連結:3,021億3,200万円
(2026年3月31日現在)[3]
総資産 連結:4,683億300万円
(2026年3月31日現在)[3]
従業員数 連結:12,147人
単独:770人
(2026年3月31日現在)[3]
決算期 3月31日
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行(信託口)13.78%
日本カストディ銀行(信託口)9.15%
日本生命保険 4.88%
BBH (LUX) FOR FIDELITY FUNDS - JAPAN ADVANTAGE POOL 4.23%
日亜化学工業 4.09%
(2026年3月31日現在)[3]
主要子会社 シチズン時計マニュファクチャリング株式会社
シチズンマシナリー株式会社
シチズン電子株式会社
シチズンファインデバイス株式会社
シチズン・システムズ株式会社[3]
関係する人物 山崎亀吉(創業者)
外部リンク https://www.citizen.co.jp/
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前身は、1918年に山崎亀吉が創立した尚工舎時計研究所で、1930年にシチズン時計株式会社が設立された。時計事業では光発電技術「エコ・ドライブ」を採用した腕時計などを製造・販売するほか、腕時計用ムーブメントを「MIYOTA」ブランドで他の時計メーカーへ供給している[5][6]。

東京証券取引所プライム市場に上場し、JPX日経インデックス400の構成銘柄である[7]。

概要

シチズン時計の企業理念は「市民に愛され市民に貢献する」である[8]。

同社の説明によれば、尚工舎時計研究所が1924年に完成させた懐中時計は、山崎亀吉と親交のあった当時の東京市長・後藤新平により、「永く広く市民に愛されるように」との意味を込めて、英語で市民を意味する「CITIZEN」と名付けられたとされる[5]。

シチズングループは、腕時計の部品製造から完成品の組立てまでをグループ内で行う一方、工作機械、自動車部品、水晶デバイス、セラミックス、小型モーター、プリンター、健康機器、LEDなども製造・販売している[3]。

1990年には、社会に貢献した市民を毎年顕彰する「シチズン・オブ・ザ・イヤー」を創設した[9]。

沿革

創業と会社設立

1918年、時計の国産化を目的として、山崎亀吉が尚工舎時計研究所を創立した。同研究所は当初、スイスから輸入した部品を使用して時計を組み立てていたが、欧州から工作機械を導入して部品の内製化を進めるとともに、技術者を育成するための教育機関を設けた[10]。

1924年12月、尚工舎時計研究所は最初の懐中時計を完成させ、これに「CITIZEN」の名称が付けられた。1930年5月28日、同研究所を母体としてシチズン時計株式会社が設立され、中島与三郎が初代社長に就任した。1931年には同社初の腕時計が完成した[9]。

1930年代半ばには田無工場を新設した[注釈 1]。工作機械の生産もこの時期に始められたが、その開始時期については同社の資料間で記述が異なる[注釈 2][3][9]。

1938年には商号を大日本時計株式会社に変更し、1941年に日東精機株式会社を合併した。1948年に商号をシチズン時計株式会社へ戻し、1949年5月に東京証券取引所へ上場した[3]。

戦後の事業拡大

1952年、同社が国産初と位置付けるカレンダー付き腕時計を発売した。1955年には腕時計の輸出を開始し、1960年には米国のブローバと輸出入契約を締結した[9]。

1961年に工作機械の外販を開始した。1966年には、同社が国産初とする電子腕時計「エックスエイト」を発売し、1970年にはCNC自動旋盤「シンコム」を開発した[9]。

1976年、同社が世界初と位置付けるアナログ式太陽電池腕時計「クリストロン ソーラーセル」を発売した。この光発電技術は、後に「エコ・ドライブ」の名称で展開された[9]。1978年には本社を東京都新宿区の新宿三井ビルディングへ移転した。

1980年代には、プリンター、LED、電子体温計などの開発・製造にも事業を拡大した。1993年には、同社が世界初とする多局受信型電波腕時計を発売した。1996年にはエコ・ドライブ搭載腕時計が、腕時計として初めてエコマークの認定を受けた[9]。

2001年、本社を東京都西東京市田無町へ移転した[9]。

持株会社化と再統合

2007年4月、グループ経営と時計事業を分離する純粋持株会社体制へ移行した。従来のシチズン時計株式会社はシチズンホールディングス株式会社へ商号を変更し、時計事業を新設された子会社のシチズン時計株式会社へ承継させた[3][4]。

2008年に米国のブローバを買収した。2012年には、スイスのムーブメントメーカーであるマニュファクチュール・ラ・ジュー・ペレなどを傘下に持つプロサー・ホールディングの株式を取得し、2016年にはスイスのフレデリック・コンスタントを買収した[9][10]。

2016年10月、シチズンホールディングス株式会社は、子会社のシチズン時計株式会社およびシチズンビジネスエキスパート株式会社を吸収合併し、商号をシチズン時計株式会社へ戻した。これにより、純粋持株会社体制から、時計事業を営みながらグループを統括する事業持株会社体制へ移行した[4]。

2022年4月、東京証券取引所の市場区分再編に伴い、市場第一部からプライム市場へ移行した。2025年4月には大治良高が代表取締役社長に就任した[3][11]。

2026年5月、在職中に子会社の倉庫に保管されていた腕時計を持ち出したとして、元従業員が業務上横領の疑いで警視庁に逮捕された。警視庁は、元従業員が2019年以降に約420本、販売価格約9,600万円相当の腕時計を持ち出したとみている[12]。同社は、2024年9月に不正行為を把握し、同年10月に当該従業員を懲戒解雇した後、同年12月に被害届を提出し、業務プロセスの見直しと内部管理体制の強化を実施したと発表した[13]。

事業

シチズングループは、2026年3月期から「時計事業」「工作機械事業」「デバイス事業」の3事業を報告セグメントとしている。2026年3月期の外部顧客に対する売上高は、時計事業が1,970億6,100万円、工作機械事業が862億9,200万円、デバイス事業が634億5,500万円であった[3]。

時計事業

黒い文字板と金属製バンドを備えたシチズン・プロマスターの腕時計
エコ・ドライブを搭載した「プロマスター」の腕時計

腕時計、腕時計用ムーブメント、設備時計などを製造・販売する。完成時計では「シチズン」のほか、ブローバ、フレデリック・コンスタントなどのブランドを展開し、ムーブメントについては日本のMIYOTAとスイスのラ・ジュー・ペレに製造拠点を持つ[3]。

「シチズン」ブランドでは、ザ・シチズン、カンパノラ、アテッサ、プロマスター、クロスシーなどの製品群を展開している[14]。

エコ・ドライブ

「エコ・ドライブ」は、太陽光や室内の光を電気エネルギーへ変換し、二次電池に蓄えることで腕時計を駆動する光発電技術である[15]。

その起源は、1976年に発売された「クリストロン ソーラーセル」にある。1996年には「エコ・ドライブ」の名称を使用した腕時計がエコマークの認定を受け、その後、電波受信、衛星からの時刻情報の受信、薄型化などと組み合わせた製品が開発された[9]。

MIYOTA

金属製の歯車や部品で構成された腕時計用ムーブメント
MIYOTAブランドで外販される腕時計用ムーブメントの一例

MIYOTAは、シチズングループが腕時計用ムーブメントを他の時計メーカーへ供給する際に使用しているブランドである。名称は、1959年に長野県御代田町に設けられた時計部品工場に由来し、1980年から外販用ブランドとして用いられるようになった[16][6]。

MIYOTAのムーブメントは、シチズン自身の完成時計だけでなく、競合企業を含む世界各地の時計メーカーへ非独占的に供給されている。『Europa Star』は2023年、MIYOTAを世界の腕時計用ムーブメント市場における主要メーカーの一つとし、年間生産量を約1億個、その9割以上をクオーツ式と推計している[6]。

主な製品には、クオーツ式の「2035」系、機械式自動巻きの「8000」系および薄型の「9000」系などがある[17]。

工作機械事業

シチズンマシナリーを中心として、CNC自動旋盤などの製造・販売を行う。主軸台移動形CNC自動旋盤を「Cincom」、主軸台固定形CNC自動旋盤を「Miyano」のブランドで展開している[18]。

Cincomは小径で長い部品の連続加工を、Miyanoは比較的径が大きく短い部品の加工を主な対象とする。これらの工作機械は、自動車、医療機器、情報通信機器、航空機などに用いられる精密部品の製造に使用されている[3]。

工作機械事業は、時計部品を製造するための工作機械を自社で開発したことに始まり、1961年に外販を開始した。1970年にCNC自動旋盤「シンコム」を開発し、2011年にシチズンマシナリーとミヤノが合併した。2015年には商号をシチズンマシナリー株式会社へ変更した[9]。

主力機種の一つである「Cincom L20」は1990年に発売され、2023年までに累計1万8,000台以上が販売された。2016年には、切削中に空振り区間を設けて切りくずを細かく分断する低周波振動切削技術「LFV」が実用化され、同社の自動旋盤へ搭載された[19]。

デバイス事業

デバイス事業では、シチズンファインデバイス、シチズン電子、シチズン・システムズなどが、自動車部品、水晶デバイス、セラミックス、小型モーター、LED、プリンターおよび健康機器を製造・販売している[20]。

シチズンファインデバイスは、水晶の原石加工から水晶片、振動子、発振器までを一貫して製造するほか、自動車用部品、セラミックス部品、小型モーターなどを手がける。水晶デバイスでは、音叉型およびATカット型の水晶振動子や発振器を製造し、他のデバイスメーカーにも部品を供給している[21]。

シチズン電子は照明用LED、小型チップLED、液晶用バックライトユニット、小型スイッチなどを製造する[22]。シチズン・システムズは、業務用プリンターなどの情報機器と、血圧計、体温計、体組成計などの健康機器を製造・販売している[23]。

経営方針

2025年度から2027年度までの「中期経営計画2027」では、時計事業と工作機械事業をグループの成長を牽引するコア事業と位置付けている。デバイス事業については、各事業の競争力と収益性を踏まえた事業ポートフォリオの見直しを進めるとしている[24][3]。

主なグループ会社

シチズングループは、シチズン時計および国内外の子会社によって構成される。主なグループ会社は次の通り[3][25]。

時計事業

工作機械事業

デバイス事業

事業所

シチズン時計の主要事業所は次の通り[2]。

  • 本社・東京事業所:東京都西東京市田無町6丁目1番12号
  • 所沢事業所:埼玉県所沢市下富840番地

国内における腕時計の製造は、2013年にグループ内の時計製造会社などを統合して設立されたシチズン時計マニュファクチャリングが中心となり、ムーブメント、外装部品、文字板、針、完成時計などの工程を各地の工場で分担している[3][9]。

歴代社長

シチズン時計および持株会社時代のシチズンホールディングスの歴代社長は次の通り[9]。

  • 中島与三郎:1930年 - 1945年
  • 中島進次:1945年 - 1946年
  • 山田栄一:1946年 - 1981年
  • 山崎六哉:1981年 - 1987年
  • 中島迪男:1987年 - 1997年
  • 春田博:1997年 - 2002年
  • 梅原誠:2002年 - 2008年
  • 金森充行:2008年 - 2012年
  • 戸倉敏夫:2012年 - 2019年
  • 佐藤敏彦:2019年 - 2025年
  • 大治良高:2025年 -

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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