シベーレス広場

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コムニカシオネス宮殿を背景にしたシベーレス広場とシベーレスの噴水

シベーレス広場 (シベーレスひろば、Plaza de Cibeles)は、スペインマドリード中心部にある円形の広場。広場の東西をアルカラ通りが、北はレコレートス通り、南はプラド通りが交差する。この広場はマドリードを象徴する場所の1つであり、セントロ地区、レティーロ地区、サラマンカ地区が接している。

広場の中央には、1782年につくられたベントゥーラ・ロドリゲスのシベーレスの噴水がある。広場の四方には、18世紀後期から20世紀初頭にかけ建てられた著名な建築がある。

広場の北西にあるブエナビスタ宮殿は1777年建設で最も古く、現在はスペイン陸軍司令部が置かれている。北東にはリナーレス宮殿、南東にはコムニカシオネス宮殿(旧中央郵便局。2007年よりマドリード市庁舎)、南西にはスペイン銀行本店がある。

1880年のシベーレス広場
シベーレスの噴水
シベーレス広場とアルカラ通り
スペイン銀行本店
リナーレス宮殿

最初はマドリード広場と単に呼ばれていた。シベーレス広場の名は、広場中央にあるシベーレスの噴水にちなみ名づけられた。シベーレスとは、ギリシャ神話の女神キュベレのスペイン語名である。1900年にマドリード市は広場をカステラル広場と改名したが、すぐにもとの名前に戻された。

歴史

現在のシベーレス広場をルネサンス期に占めていたのは、マドリードの町から修道院や宮殿を隔てておくための緑地であった。この緑地は、レコレートス草原とヘロニモス草原、アトーチャ草原からなっていた。

この場所の初めての刷新は、1570年にフェリペ3世の命令で始まった。カルロス3世時代の18世紀には、新たな開発が着工した。プラド通りが、ベントゥーラ・ロドリゲスとホセ・デ・エルモシーリャの設計でつくられた。この時に、マドリード東部に、広大な庭園と装飾的な噴水が、科学文化普及のため異なる場所に並べられることになった。

この計画構想の結果、1782年にブエナビスタ宮殿の隣にシベーレスの噴水が、レコレートス通りに面してネプトゥノの噴水がつくられた。1895年、アルカラ通りが交差する場所(現在の広場の位置)に彫刻の再設置が決められた。どの通りからも合流できる交差点が噴水の周囲につくられ、広場へ入る乗り物のロータリー交通が設定された。

正式に記録の残る4年前から、スペイン銀行は業務を行っていた(まだ四方が閉ざされていた広場の南西で、ブエナビスタ宮殿と向かい合う場所)。

20世紀初頭、23年に及ぶ作業で東側の境界にリナーレス宮殿がつくられ、1917年には当時の高層ビルであるマドリード中央郵便局庁舎が完成した。マドリードの都市開発でシベーレス広場は、アルカラ通りとプラド通りという主要な通りに挟まれた市街の中枢、交通の要所となった。歴史的、社会的な事件の舞台となり、特にレアル・マドリードのファンがチームの勝利を祝ってシベーレスの噴水に集まる。

みどころ

関連項目

外部リンク

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