シャルル2世・ダルブレ
From Wikipedia, the free encyclopedia
シャルル2世はドルー伯シャルル1世・ダルブレとマリー・ド・シュリーの息子である。父シャルル1世は1415年にアジャンクールの戦いで亡くなり、シャルル2世はアルブレ領主および名目上のドルー伯位を継承した。アジャンクールの戦いの後、ドルー伯領はイングランドの手に渡っていた。シャルル2世は、後にフランス王シャルル7世となるシャルル王太子のはとこで支援者であり、ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユの異母弟でもあったため、フランス宮廷内に強いつながりがあった[1]。
シャルル7世の議員として仕えている間、シャルル2世はジャンヌ・ダルクの遠征に参加し、ランスでのシャルル7世の戴冠式においては王の剣を担いだ[2]。シャルル2世は後にベリーの副官に任命された[1]。
1441年にシャルル7世によってドルー伯領の領有が確認された。
ルイ11世の治世中、シャルル2世は反乱貴族とともに公益同盟戦争に参加した[1]。
シャルル2世の死後、息子ジャン1世の息子である孫のアランが継承したが、ドルー伯領は三男のアルノー・アマニューに残した。しかし、アランはドルー伯領の支配権を掌握した。四男シャルルは1473年に反逆罪で処刑された。