シルビオ・ゲゼル
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現在はベルギー領になっているものの、第一次世界大戦終了まではドイツ領であったザンクト・フィートに生まれる。若い頃より商業に関心があり、1886年(24歳)、アルゼンチンのブエノスアイレスに移住し兄の店の支店を開く。事業は成功したもののインフレとデフレを繰り返すアルゼンチン経済を問題視するようになり、金融問題の研究への関心を深めてゆく。1900年、欧州に戻り、晴耕雨読の生活を続けながら主著『自然的経済秩序』(Die Natuerliche Wirtschaftsordnung) などを著す。1918年‐1919年のバイエルン革命で成立したバイエルン・レーテ共和国では、アイスナー首相暗殺後のエルンスト・トラー(de:Ernst Toller)政権で金融担当大臣に就いたが、一週間で共産主義者が権力を奪取。ほどなく革命も終焉し、彼は国家反逆罪に問われ拘留された。オラニエンブルクで肺炎で死去。
アルゼンチン・ブエノスアイレス州にあるビジャ・ヘセル (Villa Gesell) は、シルビオの死後に息子カルロスが開拓した保養地であり、同地にはシルビオ・ゲゼルの記念碑などが存在する。
