ジェームズ・B・ケイラー
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ジェームズ・ベイリー・ケイラー | |
|---|---|
| James Bailey Kaler | |
| 生誕 |
1938年12月29日(87歳)[1] |
| 死没 |
2022年11月26日(83歳没)[2] パーキンソン病の合併症[3] |
| 居住 |
|
| 研究分野 | 天文学 |
| 研究機関 |
アメリカ海軍天文台 イリノイ大学[1] |
| 出身校 | カリフォルニア大学ロサンゼルス校[4] |
| 博士論文 | Recombination Spectra of Hydrogen and Helium in Gaseous Nebulae[2] (1964年[4]) |
| 博士課程指導教員 | Lawrence Hugh Aller[2] |
| 博士課程指導学生 |
Paul Dean Lee[5] ジュリー・ラッツ[6] Richard Allen Shaw[2] |
| 主な受賞歴 |
アメリカ天文学会教育賞(2008年)[7] アメリカ天文学会レガシーフェロー(2020年)[8] |
| プロジェクト:人物伝 | |
ジェームズ(ジム)・ベイリー・ケイラー(英: James “Jim” Bailey Kaler、1938年12月29日 - 2022年11月26日)は、アメリカ合衆国の天文学者、著作家、科学教育者である[2]。イリノイ大学の教員を長年務め、研究、教育、アウトリーチの各分野で多彩な活躍をみせた[4][2]。多くの著作やウェブサイトを通じて、大勢の天文愛好家に影響を与えている[2]。
ジム・ケイラーは1938年12月29日、ニューヨーク州オールバニで、父アール・ケイラー(Earl Kaler)と母ヘイゼル・ホルムグレン(Hazel Holmgren)の間に生まれた[2][3]。1956年にオールバニ・ハイスクールを卒業すると、ミシガン大学に進学[1][3]。1960年に学士(教養)の学位を取得した[1][2]。その後、ミシガン大学、クリスティアン・アルブレヒト大学キール、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の大学院で学び、1964年にローレンス・オーラーの指導のもと “Recombination Spectra of Hydrogen and Helium in Gaseous Nebulae” という題で博士論文を完成させ、Ph.D.を取得した[2][3][4]。
ケイラーは、大学院生時代にアメリカ海軍天文台で働き、これがプロの天文学者としての出発点であるが、博士課程を修了して程なくイリノイ大学の教員となり、以後は終生イリノイ大学で勤めた[1][2]。1976年から2003年までは教授職にあり、その後は名誉教授として在籍した[9][3][4]。
業績
ケイラーは学部学生の頃から、ティーチングアシスタントなどの仕事をこなし、早くから教育者としての片鱗をみせていた[1][3]。大学院生時代には、フルブライト奨学金を獲得し、アメリカ航空宇宙局の学生研修員に採用されるなど、研究環境にも恵まれた[2][1]。
ケイラー自身の研究としては、恒星の進化の末期段階から惑星状星雲にかけてが主な課題で、生涯に120本以上の論文を学術誌に投稿し、被参照数は6500を超えている[1][4]。1972年にはグッゲンハイム・フェローに選出され、ほかにもアメリカ国立科学財団やNASAの助成金を多数獲得した[10][1][2][4]。
研究者として以上に、ケイラーは教育者として優秀であり、入門から大学院生の指導まで幅広い水準での天文教育に力を注いだ[4]。イリノイ大学での40年近い教員生活で、およそ1万人の学生がケイラーの講義を受けたといわれ、Ph.D.を獲得した生徒も7人を数える[4][1]。
一般市民を含めた教育普及にもたいへん熱心で、生涯に改訂版も含め19冊の著書を出版、雑誌などに寄稿した大衆向け科学記事も多数あり、地元のテレビ局、ラジオ局への出演や講演会も頻繁にこなしていた[2][1]。五大湖周辺州のプラネタリウムを束ねるグレートレイクス・プラネタリウム協会と協力して、定例の講演会を開催、プラネタリウム番組の企画にも参加した[2][3]。
ケイラーの著書には、以下のようなものがある[2]。
- Principles of Astronomy: a short version(スタンリー・ワイアットと共著)
- Stars and their Spectra
- Stars(邦題『星の物理』[11])
- The Ever-Changing Sky: A Guide to the Celestial Sphere
- Extreme Stars: At the Edge of Creation
- The Little Book of Stars
- The Hundred Greatest Stars
- The Cambridge Encyclopedia of Stars
- Heaven's Touch: From Killer Stars to the Seeds of Life, How We Are Connected to the Universe
- From the Sun to the Stars
1998年からケイラーは、ウェブ上で “Skylights” や “Star of the Week” といったコンテンツを運用し、800万以上の閲覧者を得て、多くの天文愛好者に影響を与えている[3][2]。
ケイラーは、太平洋天文学会で長年役員を務め、2007年から2009年までは会長の座にあった[2][3][12][13]。
栄誉
ケイラーの多くの著作や、熱心な教育普及活動を称え、国際天文学連合はNEAT計画で1998年に発見された小惑星17851番をケイラーと命名した[9]。ケイラーの活動を表彰し、1972年にはリエージュ大学、1987年にはメキシコ国立自治大学からメダルを授与されている[2][3]。アメリカ天文学会では、2008年に教育賞の表彰を受け、2020年に創設されたアメリカ天文学会フェローにおいては、過去の有資格者を一斉に選出するレガシーフェローの一人となった[2][4][7][8]。イリノイ大学天文学科には、ケイラーの名前を冠した教室が設けられており、シャンペーンにあるスターケル・プラネタリウムの講演会もケイラーの名前を戴いている[1][4][2][14]。
私生活
ケイラーは、ハイスクール時代の恋人であったマキシーン・グロスマン(Maxine Grossman)と、学生のうちに結婚した[2][1]。二人の間には4人の子が生まれ、孫も7人を数える[2][1]。
ケイラーは芸術、特に音楽をとても愛しており、地元のシャンペーン・アーバナ交響楽団の理事を務め、企画やコンサートでの講演などにも協力した[2][3]。ほかにも、クラナート舞台芸術センター、マーク・モリス・ダンス・グループなどの後援者となっている[2][3]。