ジェームズ・コールフィールド (第3代チャールモント子爵)
From Wikipedia, the free encyclopedia
第2代チャールモント子爵ウィリアム・コールフィールド(英語版)とアン・マーゲットソン(Anne Margetson、1729年没、ジェームズ・マーゲットソンの娘)の次男として生まれ、1682年7月29日に洗礼を受けた[1]。ダブリン大学トリニティ・カレッジで教育を受け、1702年にB.A.の学位を、1704年にM.A.の学位を修得した[1]。
1703年にチャールモント選挙区(英語版)でアイルランド庶民院議員に当選したが、1705年に一時海外逃亡を余儀なくされた[2]。その後、1713年に再び同選挙区の議員に就任、1726年まで務めた[2]。1726年7月21日に父が死去すると、チャールモント子爵位を継承、1727年11月29日にアイルランド貴族院議員に就任した[1]。
家族
エリザベス・バーナード(Elizabeth Bernard、1703年2月21日 – 1743年5月20日、フランシス・バーナード(英語版)の娘)と結婚して[1]、2男1女をもうけた[3]。
- ジェームズ(1728年 – 1799年) - 第4代チャールモント子爵、初代チャールモント伯爵
- フランシス(1775年11月没) - 1760年10月11日、メアリー・エア(Mary Eyre、1775年11月没、初代エア男爵ジョン・エアの娘)と結婚、1男1女をもうけた
- アリシア(Alicia、1797年12月17日没) - 1764年4月23日、ジョン・ブラウン(後の初代キルメイン男爵)と結婚、子供あり
出典
- 1 2 3 4 5 6 Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, H. Arthur, eds. (1913). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Canonteign to Cutts) (英語). Vol. 3 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 136–137.
- 1 2 "Biographies of Members of the Irish Parliament 1692-1800". Ulster Historical Foundation (英語). 2020年4月7日閲覧。
- ↑ "Charlemont, Viscount (I, 1665)". Cracroft's Peerage (英語). 18 November 2004. 2020年4月7日閲覧。
| アイルランド議会 | ||
|---|---|---|
| 先代 スティーヴン・ラッドロー エドワード・ライリー |
庶民院議員(チャールモント選挙区(英語版)選出) 1703年 – 1705年 同職:ジョン・コールフィールド(英語版) |
次代 ジョン・コールフィールド(英語版) ジョン・デイヴィス |
| 先代 ジョージ・ドディントン(英語版) ジョン・デイヴィス |
庶民院議員(チャールモント選挙区(英語版)選出) 1713年 – 1726年 同職:アンドリュー・ロイド 1713年 – 1715年 ハンフリー・メイ 1715年 – 1723年 ジョン・コールフィールド 1723年 – 1726年 |
次代 ジョン・ムーア ジョン・コールフィールド |
| アイルランドの爵位 | ||
| 先代 ウィリアム・コールフィールド(英語版) |
チャールモント子爵 1726年 – 1734年 |
次代 ジェームズ・コールフィールド |