ジャック=ベニーニュ・ボシュエ
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経歴

ディジョンの裕福な弁護士家庭の五男として生まれ、8歳から聖職者となるべく学んだ。1650年から1652年にかけ、ヴィンセンシオ・ア・パウロ (fr) の元で学んでいる。
1657年、メスにおいて王太后アンヌ・ドートリッシュ(フランス国王ルイ13世妃)を前に説教を行い、その結果「王の説教師および助言者」の賞賛を得て、宮廷へ入った。1670年から1681年までドーファン(王太子)ルイの家庭教師を務めるなど王に厚遇された。1681年にはモー司教となり、プロテスタントを攻撃する一方、フランス・カトリック教会のローマからの自由をめぐるガリア論争で雄弁を奮い、また静寂主義をめぐる論争ではフェヌロンと論争して勝利し、“モーの鷲”と呼ばれた。
晩年はかつての婚約者デヴィユー嬢との節度ある交友で知られ、彼女に与えたパリ近郊のモレオンをたびたび訪れたという。
王権神授説の提唱
補説
参考文献
- デイヴィド・クリスタル編著『岩波=ケンブリッジ世界人名辞典』岩波書店、1997年11月。ISBN 4-0008-0088-4
- ヴォルテール著・丸山熊雄訳『ルイ十四世の世紀』岩波書店〈岩波文庫〉全4冊、1958-1983年。
- ベルンハルト・グレトゥイゼン『ブルジョワ精神の起源』(1974年、法政大学出版局)
