ジャネット・エンジェル
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概要
フランス人の父と米国人の母の間に生まれ、21歳までフランスで生活。バカロレアを取得後、地元のアンジェ西カトリック大学 (Université Catholique de l'Ouest) に進学して神学史(歴史神学)を専攻、学士号を得て21歳で渡米する。
渡米後、フィッチバーグ州立大学(Fitchburg State College)において歴史学で学士号を取得し、さらにその後イェール大学で神学修士号、ボストン大学で人類学博士号を取得してからハーヴァード大学、マサチューセッツ工科大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスなどで社会学、歴史学、宗教学、人類学の講師や著作の執筆の分野で精力的に活躍。女性学の深江誠子によれば、学生の考え方をうまく引き出し、指導する能力に恵まれていたという(図書新聞)[1]。実際、エンジェル自身も、教えることがとても得意だと自負している[2]。
1990年代の初めごろ、33歳になっていたある日、恋人が銀行預金を全額引き出し逃走した。当面の生活資金に窮したエンジェルは、仕事を探す羽目になり時給200ドルの職・売春業を探し当てた[3]。週刊誌「ボストンフェニックス」(The Boston Phenix)の女性向け求人広告を見る限り、当面の貧乏暮らしを避ける方法はコールガール派遣組織(Escort agency)を通じて娼婦になる以外ないと考え、逡巡の結果、思い切ってエスコートサービスに電話し、応募した日の夜から客を取り、コールガール業界に入る。
コールガール派遣組織を仕切っていた女将の機転の効いた能力と親身さ、それに用心深さが幸いし、約三年間の娼婦生活を昼間はセーラム州立大学(Salem State College)の講師をしながら、夜になると娼婦として暮しを立てる二重生活で三年間、薬物依存症に陥ることはなく、また官憲に逮捕されることもなく無事過ごした[4]。
2004年7月、娼婦生活三年間の回顧記『コールガール』を出版。米国内で一大センセーションを呼び、全米書店業協会から同年のベスト・ノンフィクション賞にノミネートされるなど話題となる。マスメディアからも注目を受け、テレビ等の媒体やさまざまな団体から講演依頼を受けることになった。
『コールガール』でエンジェルは過去の娼婦生活を振り返り、売春にまつわる不正や搾取を除去するには、売春を合法化する以外に方法はないと言い切っている。深江誠子はフェミニストの立場から、売春をなくす方向で立論しているが、娼婦の安全を確保するためエンジェルの主張をとりあえず支持し、売春合法化に賛同している(前出『図書新聞』第2769号・2006年4月8日付)[5]。
エンジェルは現在、夫とその連れ子、猫二匹とともにボストンに在住してコールガール派遣組織の女将を描いた "Madam" (『コールガール』の続編)を脱稿後、ミステリ小説を執筆していると伝えられている。なお英語名 Jeannette Angell のスペルミスに要注意。