ジャンカルロ・デ・システィ
イタリアのサッカー選手
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経歴
ASローマでデビューし、1960年から5シーズンプレーした[1]。1965-66シーズンから1973-74シーズンまではACFフィオレンティーナでプレーし、ファンの人気を得た[1]。フィオレンティーナでは、1968-69シーズンにはリーグ優勝を果たした。1974年にローマに複帰し、引退までプレーした。引退後はフィオレンティーナ、ウディネーゼなどの監督を務めた。
フィオレンティーナ時代の1972年10月5日ヴェローナ戦では、出場停止で出場出来ず、代わりにジャンカルロ・アントニョーニが起用されたことで、アントニョーニは、セリエAデビューを果たした[2]。
イタリア代表として、1967年11月1日のキプロス戦でデビュー[3]。1968年のUEFA欧州選手権では優勝、1970年のFIFAワールドカップではイタリアの全試合に出場、ブラジルに1-4で敗れて準優勝、1972年、UEFA欧州選手権出場決定戦となった、ベルギー戦の第2戦に出場して敗れた試合が最後の代表戦となった[3]。
代表歴
- イタリア代表(29試合4得点)1967-1972
- 1968年 UEFA欧州選手権(優勝、1試合)
- 1970年 FIFAワールドカップ(準優勝、6試合)
タイトル
クラブ
- ASローマ
- インターシティーズ・フェアーズカップ 1960-61
- コッパ・イタリア : 1963-64
- フィオレンティーナ
代表
- イタリア代表
- UEFA欧州選手権 : 1968
- FIFAワールドカップ準優勝 : 1970
個人
- ASローマ殿堂入り : 2016
- ACFフィオレンティーナ殿堂入り : 2013