ジャン=バティスト・レスティブドゥア

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ジャン=バティスト・レスティブドゥア(Jean-Baptiste Lestiboudois 、1715年1月30日 - 1804年3月20日)は、フランス植物学者薬剤師である。彼の息子フランソワ・ジョセフ・レスティブドゥア(François Joseph Lestiboudois (1759-1815) )、孫のガスパール・テミストクレス・レスティブドゥア(Thémistocle Gaspard Lestiboudoi(1797-1876)も植物学者として知られる。

ノール県ドゥエーで生まれた。ドゥエーの病院とドゥエの大学で薬学を学んだ。1739年に薬剤師の資格を得た後、リールに移り、陸軍の主任薬剤師も務めた。1758年からバ・ラン県の陸軍本部の薬剤師を務め、この間、ケルンブラウンシュヴァイク近くの植物の研究を行った[1]

1770年にリール大学の植物学の教授に任命され、1796年からリールのエコール・サントラル(École centrale du département du Nord à Lille)の博物学の教授を務めた[1]

ピエール・リケ(Pierre Rique)とともに、薬局方、 "Pharmacopoeia, jussu Senatus insulensis tertiary edita"を編集し、1774年に、リンネ分類法と、ジョゼフ・ピトン・ド・トゥルヌフォールの分類法を組み合わせた著作、"Carte de botanique"を発表した[2]

参考文献

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