ジュリア・ソーン
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| ジュリア・ソーン | |
|---|---|
| Julia Thorne | |
| マサチューセッツ州副知事夫人 | |
| In role 1983年3月6日 – 1985年1月2日 | |
| 知事 | マイケル・デュカキス |
| 前任者 | Susan Dwight (1975) |
| 後任者 | Jan Cellucci (1991) |
| 個人情報 | |
| 生誕 | Julia Stimson Thorne 1944年9月16日 |
| 死没 | 2006年4月27日(61歳没) |
| 死因 | 膀胱癌 |
| 配偶者 |
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| 子供 | |
| 親族 | デイヴィッド・ソーン(双子の兄弟) |
| 職業 | 著述家 |
ジュリア・スティムソン・ソーン(Julia Stimson Thorne、1944年9月16日 - 2006年4月27日)は、アメリカ合衆国の著述家であり、離婚後に第68代国務長官となるジョン・ケリーの最初の妻である。
ソーンはニューヨーク市で1944年9月16日に生まれた。父はランドン・ケッチャム・ソーン・ジュニア(Landon Ketchum Thorne, Jr.)、母はアリス・バリー(Alice Barry)である[1]。父方の祖先には、オランダからアメリカに渡り、信教の自由の獲得のために戦ったジョン・ボーンがおり、ソーンは11代目になる。フラッシング抗議書に署名したウィリアム・ソーン・シニアも祖先である。夫になるジョン・ケリーとは、17世紀のエリザベス・フォーンズが共通の祖先となる。母方の曾祖父にジャーナリストのデイヴィッド・S・バリーがいる[2][3]。双子の兄弟であるデイヴィッド・ソーンは、後に外交官になった。
父の仕事の関係で、幼少期のほとんどをイタリアのローマで過ごした[4][2]。1962年にフォックスクロフト・スクールを卒業した[2] 。また、ニューヨークインテリアデザイン学校とラドクリフ大学の授業も聴講した[1]。
夫となるジョン・ケリーとは1963年に初めて会った。ケリーはソーンの双子の兄弟のデイヴィッドの級友だった。1970年5月23日にケリーと結婚した。結婚式では、2世紀以上前に作られたドレスを着用した[2]。ケリーとの間にアレクサンドラとヴァネッサという2人の娘をもうけた[1]。ケリーは1983年にマサチューセッツ州副知事、1985年に上院議員となった。
ケリーとの結婚生活で、ソーンには鬱病の兆候が見られるようになった。この時期に1度だけ自殺しようとしたこともあると後に書いている[4]。1980年代、ソーンは鬱病についての啓発活動を行うための非営利団体"Depression Initiative"を設立した[1]。ケリーとは、6年間別居した後、1988年7月25日に離婚した[1]。1997年にリチャード・J・チャールズワース(Richard J. Charlesworth)と結婚し、モンタナ州ボーズマンに移った[1]。
1990年に鬱病を克服し、それ以降はケリーとも友好的な関係を築いた[5]。2004年にケリーが大統領選挙に出馬した際には、ソーンも支援を行っている[6]。