ジュール・デュプレ
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ナントで、磁器工場の経営者の息子に生まれた。磁器の絵付け職人としてキャリアを始め[1]、1823年にパリに出て、叔父の工場で働きながら絵を学んだ。同僚には「バルビゾン派」の画家として有名になるナルシス・ディアズ・ド・ラ・ペーニャらがいた。風景画家のルイ=ニコラ・キャバと友人になり、絵付けの仕事をやめ風景画家をめざし、1831年のサロン・ド・パリに風景画を出展した。イギリスに渡り、有名な風景画家、ジョン・コンスタブル(1776-1837)の元で修行した。1833年にサロンで2等に入選し、アレクサンドル=ガブリエル・ドゥカン、 コンスタン・トロワイヨン、ウジェーヌ・ラミ 、テオドール・ルソーらと友人になった。1835年にサロンに出展した作品はウジェーヌ・ドラクロワに賞賛された。
ノルマンディーやアンドルなどの風景を描き、テオドール・ルソーとバルビゾンを訪れた。
1846年に保守的なサロンの審査に反対し、審査のない独立サロンの開催を企画したが成功しなかった。
1889年にレジオンドヌール勲章コマンドゥールを受勲した。