ジョシュア・クロッティ
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来歴
1995年3月31日、プロデビュー。
1995年12月22日、ガーナライトウェルター級王座を獲得した。
1999年11月29日、WBCインターナショナルウェルター級王者カルロス・バルドミール(アルゼンチン)と対戦するも、11回反則負けで王座獲得ならず。デビュー以来の連勝は20で止まった。
2004年7月24日、クリストファー・ヘンリー(バルバドス)とNABC北米ウェルター級王座決定戦を行い、5回TKO勝ちで王座を獲得した。
2005年12月3日、マルコス・プリメラ(ベネズエラ)とWBCアメリカ大陸スーパーウェルター級暫定王座決定戦を行い、3-0の判定勝ちで王座を獲得した。
2006年7月29日、リチャード・グチェレス(コロンビア)とIBFインターコンチネンタルウェルター級王座決定戦を行い、2-0の判定勝ちで王座を獲得した。
2006年12月2日、WBO世界ウェルター級王者のアントニオ・マルガリート(メキシコ)と対戦するも、0-3の判定負けで王座獲得ならず[2]。
2007年4月7日、ノンタイトルマッチでディエゴ・コラレス(アメリカ)と対戦し、9回と10回にダウンを奪うなどして3-0の判定勝ち[3]。コラエスは1か月後に交通事故で死去したため、最後の対戦者となった。
2007年12月20日、シャモン・アルバレス(アメリカ)とIBF世界ウェルター級王座挑戦者決定戦を行い、3-0の判定勝ちで指名挑戦権を獲得した。
2008年8月2日、ザブ・ジュダー(アメリカ)とIBF世界ウェルター級王座決定戦を行い、9回に偶然のバッティングでジュダーの右眉付近をカットし、3-0の負傷判定勝ちで世界王座を獲得した。その後、ミゲール・コットとの対戦を優先し指名試合を拒否したため、王座を返上した。
2009年6月13日、WBO世界ウェルター級王者ミゲール・コット(プエルトリコ)と対戦するも、1-2の判定負けで王座獲得ならず。クロッティはこの結果を受け入れず、再戦を要求した[4]。
2010年3月13日、テキサス州のカウボーイズ・スタジアムでWBO世界ウェルター級王者マニー・パッキャオ(フィリピン)と対戦するも、12回0-3(108-120、109-119、109-119)の大差判定負けで王座獲得ならず[5]。
2011年11月19日、1年8ヶ月ぶりの復帰戦をテキサス州で行い、2回TKO勝利を収める。
2013年9月14日、約2年ぶりの試合をニューヨーク州で行い、10回3-0の判定勝利。
2014年4月9日、オーストラリアのニューサウスウェールズ州でアンソニー・ムンディンと対戦、5度ダウンを奪い12回3-0の判定で完勝した。
2014年12月6日、サウル・アルバレスと対戦する予定であったが、アルバレスがトレーニング中に負傷していた左足首をさらに悪化させたことにより正式発表を待たずに中止となった[6][7]。
2015年5月9日、約1年ぶりの試合をテキサス州で行い、10回3-0の判定勝利。