ジョニー・キャロル
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| ジョニー・キャロル | |
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| 基本情報 | |
| 出生名 | John Lewis Carrell |
| 生誕 |
1937年10月23日 |
| 出身地 |
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| 死没 |
1995年1月13日(57歳没) |
| ジャンル |
ロカビリー ロックンロール |
| 職業 | 歌手、ギタリスト |
| 活動期間 | 1956年 - 1985年 |
| レーベル |
デッカ・レコード サン・レコード ワーナー・ブラザース・レコード |
ジョニー・キャロル(Johnny Carroll、出生名:ジョン・ルイス・キャレル、John Lewis Carrell、1937年10月23日 - 1995年1月13日[1])は、テキサス州を拠点として活動した、アメリカ合衆国のロカビリー・ミュージシャン。
ジョン・ルイス・キャレルとしてテキサス州クリーバーンに生まれたが、デッカ・レコードで最初のレコーディングをした際に、姓が誤って「キャロル (Carroll)」と印刷されてしまい、それがそのまま芸名として使用されることになった[2]。キャロルがデッカでレコーディングを始めたのは1950年代半ばのことであり、後年になってから高く評価されるようになった数枚のシングルをリリースしたものの、いずれも不発に終わった[3]。キャロルのレコードは、エルヴィス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイス、ジョニー・キャッシュといった、他のロカビリーや初期のロックンロールのミュージシャンたちの成功の影に隠れてしまった[4][5]。
1950年代の終わりにかけて、キャロルのキャリアは終息していったが、1974年に、ジョニー・キャロル&ザ・ブルー・キャップス (Johnny Carroll & The Blue Caps) 名義で、ジーン・ヴィンセントをカバーしたシングル「Black Leather Rebel / Be-Bop-A-Lula」を出してカムバックを果たした[6]。その後もキャロルは、1980年代までレコーディングを続けた。長年に渡り、キャロルの活動はテキサス州フォートワースのザ・セラー・クラブ (the Cellar Club) や、州内各地の他のセラー・クラブと結びついていた。
キャロルは、1995年1月13日に、肝不全のために死去し、亡骸は故郷であるテキサス州ゴッドリーに埋葬された[1]。
1996年には、初期の録音33トラックのリイシューを収録したアルバム『Rock Baby Rock It: 1955-1960』が、ドイツのベア・ファミリー・レコードからリリースされた[7]。