宣伝美術家の父とバーのウェイトレスの息子としてロンドンに生まれ、1941年に父を亡くしたのち、デヴォンのパブリック・スクールに入るも退学[1]。そののち俳優となるが、無名に甘んじていた[2]。1956年5月8日に、『怒りをこめてふり返れ』の初演がなされて劇壇、ならびに一般の観客たちにも多大なる衝撃を与え、キングズリー・エイミス、アラン・シリトー、アーノルド・ウェスカーらとともに、アングリー・ヤング・メンを代表する作家のひとりとみなされた。なお、このアングリー・ヤング・メンという名称じたいが、『怒りをこめて振りかえれ』に由来している。
こののちも、『寄席芸人』(1957年)『ルター』(1961年)などの作品を書いたものの、人気はしだいに下降し、人気を失った大御所として扱われることも多かった[3]。