ジョン・ジェンキンス (サクソフォーン奏者)

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ジョン・ジェンキンス
John Jenkins
ニューヨークセントラルパークのジェンキンス(1992年、撮影フィッツ・ギトラー)
基本情報
生誕 (1931-01-03) 1931年1月3日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 イリノイ州シカゴ
死没 (1993-07-12) 1993年7月12日(62歳没)
ジャンル ジャズビバップハード・バップストレイト・アヘッド・ジャズ
職業 ミュージシャン
担当楽器 アルト・サクソフォーン
活動期間 1949年 - 1962年1984年 - 1993年
レーベル ブルーノートプレスティッジサヴォイリバーサイド
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ジョン・ジェンキンスJohn Jenkins1931年1月3日1993年7月12日)は、アメリカ合衆国ジャズサクソフォーン奏者。

シカゴ生まれ[1]。元々はハイスクールクラリネットを学ぶが、半年でサクソフォーンに乗り換えた。1949年から1956年まで、ジョー・シーガルがルーズベルト大学で主宰したジャム・セッションに参加。1955年アート・ファーマーと共演し、その後はシカゴで自身のグループを率いた。1957年チャールズ・ミンガスと共演し、また2枚のリーダー・アルバムを録音している。サイドマンとしては、1950年代後半から1960年代初頭にかけて、ドナルド・バードハンク・モブレーポール・クイニシェットクリフォード・ジョーダンサヒブ・シハブウィルバー・ウェアらと共演する[2]。しかし、1962年に音楽界から事実上引退し、わずかにグロリア・コールマンとの数回の出演契約をこなしただけであった。

ジャズ界を去ると、ニューヨークで配達夫と宝石商の二足の草鞋を履いた。1970年代には、管楽器を路上市で売り払っている。

1983年より練習を始めて路上ライブに取り掛かり、亡くなる直前には再びクリフォード・ジョーダンとも共演した[3]

ディスコグラフィ

リーダー・アルバム

参加アルバム

テディ・チャールズ

  • 『クーリン』 - Coolin' (1957年、New Jazz)

クリフォード・ジョーダン

  • 『クリフ・ジョーダン』 - Cliff Jordan (1957年、Blue Note)
  • Play What You Feel (1997年、Mapleshade) ※1990年録音

ハンク・モブレー

  • 『ハンク』 - Hank (1957年、Blue Note)

ポール・クイニシェット

  • 『オン・ザ・サニー・サイド』 - On the Sunny Side (1957年、Prestige)

サヒブ・シハブ

  • 『ザ・ジャズ・ウイ・ハード・ラスト・サマー』 - The Jazz We Heard Last Summer (1957年、Savoy)

ウィルバー・ウェア

  • 『ザ・シカゴ・サウンド』 - The Chicago Sound (1957年、Riverside)

脚注

参考文献

外部リンク

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