ジョン・ブローヴェン
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ブローヴェンはイギリスのケント州メードストンに生まれた。少年時代をイースト・サセックスで過ごし彼はファッツ・ドミノやヒューイ・"ピアノ"・スミスのヒット曲に合わせて演奏をしたり、レコードを収集するなど、早くからロックンロールに夢中となった[5]。
イースト・サセックスのベクスヒル・グラマースクールに通い、そこで後にブルース・ライターとして知られるようになるマイク・レッドビターと出会う[1][6]。学校を離れたあと、彼はミッドランド銀行に就職し、30年以上に渡って勤務した[1]。1963年、彼はレッドビターが創刊した『ブルース・アンリミテッド』誌で記事を書くようになったが、1978年頃までは雑誌への寄稿については趣味に留めていた[1][6]。1970年代から1980年代にかけて、彼はエイス・レコードを始め、チャーリー、EMI、フライライトなど多くのブルース編集盤のライナーノーツを執筆した[4]。1985年には、彼はシラ・ハギンズ、ベス・ターナーとともに『ジューク・ブルース』誌を創刊している[1]。1991年から2006年までの間、彼は再発盤を手掛けるレコード会社、エイス・レコードに在籍した[4]。
ブローヴェンは1970年に初めてルイジアナ州を訪れ[1]、その際アーチボルド、プロフェッサー・ロングヘア、ヒューイ・"ピアノ"・スミスと会っている[6]。彼の初めての著書『Walking to New Orleans』(米国では『Rhythm & Blues in New Orleans』との題名で出版)が1974年に出版となった。1983年には、それに続く著書『South to Louisiana』が出版された[4]。米アドヴォケート紙は、これらのルイジアナの音楽史に関する著書を決定版と評している[7]。彼の著書は、ニューオーリンズのラジオ局WMNOでフィーチャーされた[8]。またアメリカン・ソングライター誌[9]や、ポップマターズも彼の2008年出版の著書『Record Makers and Breakers』について、肯定的な評価をしている[3]。
ブローヴェンはまたR&B音楽について、講演およびラジオ放送も行なっている[4]。
2021年には、ニューヨークのブルース・スタイルと歴史について記した初の書籍『New York City Blues: Postwar Portraits from Harlem to the Village and Beyond』(ラリー・サイモン著)の編集を担当した[4]。