ジョン・メルフイシュ・ストラドウィック
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ロンドンのクラパム(Clapham)に生まれた。商人になるのを嫌い、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで学んだ。1860年代は、スコットランド生まれの風俗画家、ジョン・ペティ(John Pettie)の影響を受けたが、1870年代に入って、ラファエル前派の画家、ジョン・ロダム・スペンサー・スタンホープ(John Roddam Spencer Stanhope)やエドワード・バーン=ジョーンズの助手として働いた。ロンドンのハマースミスのバーン=ジョーンズのスタジオの隣に自らのスタジオを開いた。Grosvenor Galleryや The New Galleryに常時出展した。
古いイギリスの騎士伝説や、音楽や詩などから題材を選び描き「象徴主義」の画家として扱われる。バーン=ジョーンズから直接指導を受け、強い影響下にあった。バーン=ジョーンズよりも、人物の表現に動きがないと評価されている[1]。
19世紀末に画家として成功するが20世紀になってリバプールの造船主らのパトロンの好みが変わり人気を失い、「忘れられた画家」となるが20世紀末になり再評価され、作品が高値で取引されるようになった。
