ジョン・海山・ネプチューン
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米国カリフォルニア州オークランド出身。高校時代はトランペットを吹き、その後ドラマーとして音楽活動を行っていた。ハワイ大学に進学後、民族音楽を専攻した関係で1973年に尺八を学びに来日し、三好芫山に師事した。いったん学位修得のためにホノルルに戻るが、卒業後の1977年に再度来日、さらなる研鑽を経て尺八都山流師範免許と共に雅号「海山」を授与される。
1979年、アルバム『バンブー・テクスチャーズ』でプロデビュー。翌年の第3作『バンブー』で文化庁芸術祭優秀賞を獲得、ジャズ・アルバムの受賞は前例を見ず、外国人アーティストとしても初であった[1][2]。
その後も、日本、中国、東南アジア、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ各国での演奏活動を行い、これまで20枚を超えるアルバム[3]を制作している[4][5]。現在は千葉県鴨川市に居住し、作曲のかたわら、尺八の製作、改良を続けている[6]。
2019年、息子である映像作家デビット・ネプチューンが監督した、海山の半生を描いたドキュメンタリー映画『海山 たけのおと』が公開された。
主な作品
主なアルバム
- ザ・サークル (1985)
- Jazzen (1987)
- KITE 凧 (1992)
- リバー・リズム (1994)
- Asian Roots 竹竹 (1998)
- トウキョウ・スフィア (1988)