ジョヴァンニ・アゴスティーノ・カッサーナ
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ヴェネツィアで生まれた。父親のジョヴァンニ・フランチェスコ・カッサーナ(Giovanni Francesco Cassana: 1611-1690)はジェノヴァに近いボルゲット・ディ・ヴァーラ出身の画家であった。父親はベルナルド・ストロッツィ(1581-1644)の弟子で、ストロッツィとともにヴェネツィアに移ってきていた。
弟のニッコロ・カッサーナ(Niccolò Cassana: 1659-1713)は肖像画家として知られ、もう一人の弟ジョヴァンニ・バッティスタ・カッサーナ(Giovanni Battista Cassana: 1668–1738) は静物画を得意とした画家になった[2]。妹のマリア・テレサ・カッサーナ(Maria Teresa Cassana)も画家になった。
父親から絵を学んだ。1670年にはフィレンツェに移り、フェルディナンド・デ・メディチの宮廷で働き[2]、ヴェネツィアとフィレンツェの間を行き来して活動した。グアスタッラ公爵夫人(Maria Vittoria Gonzaga)の支援も受けた。1718年までにはジェノヴァに移り、1720年にジェノヴァで亡くなった[2]。
肖像画でも評価されたが、アントニオ・マリア・ヴァザッロ(Antonio Maria Vassallo: c.1620-1664/1673)やジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ(1609-1664)といったジェノヴァの画家や、ヤン・フェイト(1609-1661)らのスタイルで動物を描くことを好んだ[3]。1680年代からヴェネツィアで働いていたフランドル出身の画家ヤコブ・ファン・デル・ケルクホーフェン(Jacob van der Kerckhoven: 1636/1637-1712?)からも影響を受けた可能性がある[4]。
