ジョヴァンニ・バッティスタ・オディエルナ

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ジョヴァンニ・バティスタ・オディエルナGiovanni Battista Hodierna1597年4月13日-1660年4月6日[1]は、17世紀シチリア島天文学者彗星やその他の天体を約40個掲載した天体カタログを作成した。この中には、彗星と混同される可能性のある星雲のような天体が少なくとも19個掲載されている。これはシャルル・メシエが編纂したメシエカタログより1世紀以上先んじたものであったが、その存在は20世紀に発見される以前はほとんど世に知られることなく、メシエもこのカタログの存在を知らなかったと考えられている[2][3]

ジョヴァンニ・バティスタ・オディエルナ

生涯と業績

オディエルナは、1597年4月13日にシチリア島ラグーザで生まれた。1622年にシラクサ叙階を受けたのち、1625年から1636年までラグーザで司祭を務めた。

オディエルナは、1644年顕微鏡による観測結果をまとめた L'ochio della mosca(ハエの眼)を著している[4]。これは、最初に細胞の構造の詳細まで顕微鏡で観察を試みた例である。しかし、シチリアを出ることがなかった彼の研究の多くは20世紀になるまで埋もれてしまっていた。

1660年4月6日、パルマ・ディ・モンテキアーロで死去した。

小惑星(21047)オディエルナに名を残す[5]

出典

外部リンク

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